・・・私のようなつまらないものでも、自分で自分が道をつけつつ進み得たという自覚があれば、あなた方から見てその道がいかに下らないにせよ、それはあなたがたの批評と観察で、私には寸毫の損害がないのです。私自身はそれで満足するつもりであります。しかし私自・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・その第一例なる衣裳を汚したる方は、何ほどか母に面倒を掛けあるいは損害を蒙らしむることあれば、憤怒の情に堪えかねて前後の考えもなく覚えず知らず叱り附くることならん。また第二の方は、さまで面倒もなく損害もなき故、何となく子供の痛みを憐れみ、かつ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・気候さえあたり前だったら今年は僕はきっといままでの旱魃の損害を恢復してみせる。そして来年からはもううちの経済も楽にするし長根ぜんたいまできっと生々した愉快なものにしてみせる。一千九百二十六年六月十四日 今日はやっと正午から七・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」と一人の紳士が、その犬の眼ぶたを、ちょっとかえしてみて言いました。「ぼくは二千八百円の損害だ。」と、もひとりが、くやしそうに、あたまをまげて言いました。 はじめの紳士は、すこし顔いろを悪くして・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・ 小さい金入れの紛失から、彼等の蒙った金銭上の損害は僅少であった。中には、失望したろうと思われる位の小銭しか入って居なかった。ただ、机や用箪笥の鍵が共に無くなったのは不便であった。其とても、世間に同型のものが無いわけではない。――愛・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・自身の上に濃く投げかけられている封建的なもの、それによって受けているものは損害の外にないことを知りながら、野暮にそれと正面衝突は気質的に出来ず、あらゆる反撥を知的な優越と芸術への献身に打込もうとしていた彼の文学的発足が、「鼻」「芋粥」「羅生・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・国鉄当局は九日―十一日の国電ストの損害賠償として組合あいてに二千万円の支払いを提訴した。これは、ルイスなどに対して使われたが、これまでの日本にはなかった新しい権力行使の方法である。 七月五日になって、夕方のラジオは意外なニュースをつたえ・・・ 宮本百合子 「「推理小説」」
・・・その子供たちであった。その損害から恢復するための援助ということに添って、またふたたび、より悲惨な戦争が導き出されるような条件を存在させてはならない。戦争の惨禍にさらされた地球のすべての国の人民は、人民こそ、戦争の犠牲であることを、まざまざと・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・ 第一次大戦のとき、連合国の一つとして最も少い損害をうけたのはアメリカであった。第二次大戦で、最も僅かの人命を犠牲としたのはアメリカであったし、本土に襲撃を蒙らなかった唯一の国もアメリカであった。そのように比較的少い損傷でヨーロッパと東・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・ 府下西多摩郡の小河内村が東京市の貯水池となることに決定してから、今日工事に着手されるまで六ヵ年の間に、小河内村の村民の蒙った経済的・精神的な損害の甚だしさは、こういう場合にあり勝で、謂わば既に手おくれになってから一般人の注意をひく・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫