・・・「君は何か芸術家というものを、何か特種な、経済なんてものの支配を超越した特別な世界のもののように考えているのかもしれないが、みたまえ! そんな愚かな考えの者は、覿面に世の中から手ひどいしっぺ返しを喰うに極っているから」「いや僕もけっ・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・K君の身体はだんだん意識の支配を失い、無意識な歩みは一歩一歩海へ近づいて行くのです。影の方の彼はついに一箇の人格を持ちました。K君の魂はなお高く昇天してゆきます。そしてその形骸は影の彼に導かれつつ、機械人形のように海へ歩み入ったのではないで・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・即ち恋ほど人心を支配するものはない、その恋よりも更に幾倍の力を人心の上に加うるものがあることが知られます。「曰く習慣の力です。Our birth is but asleep and forgetting. この句の通りで・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・カントは外の世界も、内の世界も徹頭徹尾因果律に支配されているとして、因果関連からの自由を否定した。自由とは第一原因が因果関連の中に入りこむこととした。自由とは自然法則に従って進行する一系列の現象を自ら始める絶対的に自発的な原因または能力と呼・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・彼と同年輩、または、彼より若い年頃の者で、学校へ行っていた時分には、彼よりよほど出来が悪るかった者が、少しよけい勉強をして、読み書きが達者になった為めに、今では、醤油会社の支配人になり、醤油屋の番頭になり、または小学校の校長になって、村でえ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ちょうど町では米騒動以来の不思議な沈黙がしばらくあたりを支配したあとであった。市内電車従業員の罷業のうわさも伝わって来るころだ。植木坂の上を通る電車もまれだった。たまに通る電車は町の空に悲壮な音を立てて、窪い谷の下にあるような私の家の四畳半・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・事実、自分の日常生活を支配しているものは、やっぱり陳い陳い普通道徳にほかならない。自分の過去現在の行為を振りかえって見ると、一歩もその外に出てはいない。それでもって、決して普通道徳が最好最上のものだとは信じ得ない。ある部分は道理だとも思うが・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・そこでも市民たちは、やはりみんなの間からいくたりかの議政官というものを選んで、その人たちにすべての支配を任せていました。或とき、その議政官の一人にディオニシアスという大層な腕ききがいました。 ディオニシアスは、もとはずっと下級の役に使わ・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・モーゼほどの鉄石の義心と、四十年の責任感とを持っているのならとにかく、私の心の高揚は、その日のお天気工合等に依って大いに支配されているような有様ですから、少しもあてになりません。大声で宣言しかけては狼狽しています。七月の末から雨がつづいて、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ それでは大学入学の資格はどうしてきめるかとの問に対して、「偶然に支配されるような火の試練でなく、一体の成績によればいい。これは教師にはよく分るもので、もし分らなければ罪はやはり教師にある。教案が生徒を圧迫する度が少なければ少ないほ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫