・・・すなわち、談話の相手と顔を合わせずに、視線を平行に池の面に放射しているところに在るらしいのである。諸君も一度こころみるがよい。両者共に、相手の顔を意識せず、ソファに並んで坐って一つの煖炉の火を見つめながら、その火焔に向って交互に話し掛けるよ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・手に取って見ると、白く柔らかく、少しの粘りと臭気のある繊維が、五葉の星形の弁の縁辺から放射し分岐して細かい網のように拡がっている。莟んでいるのを無理に指先でほごして開かせようとしても、この白い繊維は縮れ毛のように捲き縮んでいてなかなか思うよ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・手に取って見ると、白く柔らかく、少しの粘りと臭気のある繊維が、五葉の星形の弁の縁辺から放射し分岐して細かい網のように広がっている。つぼんでいるのを無理に指先でほごして開かせようとしても、この白い繊維は縮れ毛のように巻き縮んでいてなかなか思う・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・白熊は、自分の毛皮から放射する光線が遠方のカメラのレンズの中に集約されて感光フィルムの上に隠像の記録を作っていることなどは夢にも知らないで、罪のない好奇と驚異の眼をこの浮き島の上の残忍な屠殺者の群れに向けているのである。撮影が終わると待ち兼・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・と呼ばれるべき形態のものであったが、このほかになお「放射縞」と言わるべきものがある。もっとも、上述の中でも、噴泉塔の縞や、鈴木君の円板の割れ目などもむしろこの放射型に属するものであったが、このいわゆる放射縞の現象の中で、最も顕著で古くから知・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・その存在を認める唯一の手段としては、この放射線のために空気その他のガスの分子が衝撃されて電離し、そのためにそのガスの電導度にわずかながら影響し、従って特別な装置の鋭敏な電気計に感ずるという、そういう一種特別の作用を利用するほかはない。もっと・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・ まっ黒なピアノに対して童顔金髪の色彩の感じも非常に上品であったが、しかしそれよりもこの人の内側から放射する何物かがひどく私を動かした。 平たく言えば私はその時から全くケーベルさんが好きになったのであった。もっともその前からその人が・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・また半球形の湯飲み茶わんに突然水を放射すると水は器壁に沿うて走り上り、縁から外に傘状に広がる、そうしていつまでたっても茶わんには水が満たされない。これについても流体運動の一問題として追究すべき事がらはいくらもある。そうして、これらの問題はい・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・い型式の生物が多数に発生したであろうということも想像できるのであるが、それと同じように文化的要素の進化の道程における突然変異もまたその時代におけるいろいろな外的条件に支配されるものであって紫外線X線の放射、電流の刺激、特殊化学成分の過剰ある・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・なおこれらの元素は必ずしも不変なものではなくて、たとえば放射性物質のごとく、時とともに自然に崩壊し変遷する可能性を持つものと想像する。それでかりに地球歴史のある一定の時期において、ある特別の地点において、特殊の国語が急に発生したと仮定すると・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
出典:青空文庫