・・・赤い爪革、メリンス羽織、休み日の娘が歌う色彩の音楽は一際高く青空の下に放散されて居る。―― 町の人々はもう馴れっこに成ってしまったのだろう。よそから来た者の心に、これ等の常ならぬ町の光景は何か可憐な思いを伴って感じられた。夕方同じ町を歩・・・ 宮本百合子 「町の展望」
・・・作者永井荷風は、夏の夕方になると軒並にラウド・スピイカアのスウィッチを入れて、俗悪・卑雑な騒ぎを放散させる五月蠅さに堪りかねて、丁度十時頃ラジオの終るまでの時刻をどこかラジオのならないところで過す工夫をこらす。そして、遂に墨東、亀戸辺の私娼・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
・・・ 一方に、同じ年頃の青年でも、そういう面での欲求は至って何でもなく売笑婦のところで放散させ、若い女とはそういう要求からでもなく、結婚しようというわけでもなく遊ぶという青年の型が生じている。そういう型を知識人のある人は何の疑問もなく、現代・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・ 或る場合、或る種の人間にとっては、松本氏のような苦しい愛情を経験したとき、その精神的感動と緊張とが深大であればある程、感覚的な放散がなければ生きる抜道がない事さえもある。いずれにせよ、私は卑俗なセンチメンタリズムで松本氏が自繩自縛の偽・・・ 宮本百合子 「私も一人の女として」
・・・此の故に一つの批評にして、もしその批評が深き洞察と認識とを以ってわれわれを教養するならば、それは作物のみとは限らず批評それ自身作物となって高貴な感覚を放散し出すにちがいない。そう云う高価な感覚的批評は現れないか。そう云う秀抜な批評的感覚は現・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫