・・・けれども先生の性質が如何にも淡泊で丁寧で、立派な英国風の紳士と極端なボヘミアニズムを合併したような特殊の人格を具えているのに敬服して教授上の苦情をいうものは一人もなかった。 先生の白襯衣を着た所は滅多に見る事が出来なかった。大抵は鼠色の・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・又旧女大学の末文に、百万銭を出して女子を嫁せしむるは十万銭を出して子を教うるに若かず云々の意を記したるは敬服の至りなれども、我輩は一歩を進めて娘の結婚には衣装万端支度の外に相当の財産分配を勧告する者なり。生計不如意の家は扨置き、筍も資力あら・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 帝国主義のレンズが集中している上海に入った中共の解放軍が、その行動の実際で日本の新聞にさえ一行のデマゴギーを報道流布することを許さなかった事実は、真によろこばしい、そして敬服すべきことだった。沈毅、純朴な若い中国の人民のまもりてたちを・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ロマン・ローランが我々の人間の精神上の幸、不幸の原因についてこの点にまで切りこんで行ったことはさすがに敬服に価する態度であるが、我々に負わされている肉体の健康、不健康の問題をもう一歩進んで動的なものと理解せず、どちらかと云えば個人的に宿命的・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・また前に挙げた紅葉等の諸家と俳諧での子規との如きは、才の長短こそあれ、その作の中には予の敬服する所のものがある。次にここに補って置きたいのは、翻訳のみに従事していた思軒と、後れて製作を出した魯庵とだ。漢詩和歌の擬古の裡に新機軸を出したものは・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・お爺いさんのする事は至って殊勝なようであるが、女中達は一向敬服していなかった。そればかりではない。女中達はお爺いさんを、蔭で助兵衛爺さんと呼んでいた。これはお爺いさんが為めにする所あって布団をまくるのだと思って附けた渾名である。そしてそれが・・・ 森鴎外 「心中」
わたくしは歌のことはよくわからず、広く読んでいるわけでもないが、岡麓先生のお作にはかねがね敬服している。誠に滋味の豊かな歌で、くり返して味わうほど味が出てくるように思う。中でも最も敬服する点は、先生が、目立って巧みな言い回しとか、人を・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
・・・この地をえらんだ弘法大師の見識にもつくづく敬服するような気持ちになった。 それは外郭に連なる山々によって平野から切り離された、急峻な山の斜面である。幾世紀を経て来たかわからない老樹たちは、金剛不壊という言葉に似つかわしいほどなどつしりと・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・描かれたのはあくまでもこの敬服すべき山林技師であって著者自身ではない。しかも我々はこの一文において直接に著者自身と語り合う思いがある。悠々たる観の世界は否定の否定の立場として自他不二の境に我々を誘い込むのである。・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
・・・しかし自分たちが敬服したのは、その哲学よりも一層その人物に対してである。哲学者などといえばとかく人生のことに迂遠な、小難かしい理屈ばかり言っている人のように思われるが、先生は決してそんな干からびた学者ではない。それは先生が藤岡東圃の子供をな・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫