・・・ と極めて自然に断る。 血痕はなかなか落ちなかった。洗濯をすまし、鬚を剃って、いい男になり、部屋へ帰って、洗濯物は衣桁にかけ、他の衣類をたんねんに調べて血痕のついていないのを見とどけ、それからお茶をつづけさまに三杯飲み、ごろりと寝こ・・・ 太宰治 「犯人」
・・・お話を持って来て下さったお方が、謂わば亡父の恩人とでもいうような義理あるお方でございましたから、むげに断ることもできず、また、お話を承ってみると、先方は、小学校を出たきりで、親も兄弟もなく、その私の亡父の恩人が、拾い上げて小さい時からめんど・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・他の雑文は、たいてい断るつもりです。 その他、来春、長編小説三部曲、「虚構の彷徨。」S氏の序文、I氏の装幀にて、出版。 この日、午後一時半、退院。汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。天にいます汝らの父の子とな・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・これは世界中でいつも問題になる事であるが、ことにああいう窮屈な場所では断る事にした方が、第一その婦人の人柄のためにかえってよくはないかと思われる。 一段高くなっている舞台は正方形であるらしい。四隅の柱をめぐって広い縁側のようなものがある・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そこで迚も私には出来ませんと断ると、嘉納さんが旨い事をいう。あなたの辞退するのを見て益依頼し度くなったから、兎に角やれるだけやってくれとのことであった。そう言われて見ると、私の性質として又断り切れず、とうとう高等師範に勤めることになった。そ・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・やり始めますよと断ると何だかえらそうに聞えるが、その実は何でもない。ここに三四頁ばかり書いたノートがあります。これから御話をする事はこの三四頁の内容に過ぎんのでありますからすらすらとやってしまうと十五分くらいですぐすんでしまう。いくらついで・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・それ以来十数回の御依頼を受けましたが、みんな御断りしました。断るのが面白いからではなく、やむをえないからで、このやむをえない事が度重なって御気の毒なので、その結果今日やって来ました。言わば根くらべで根がつきて出て来たようなしまつであります。・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・筆にも口にも説き尽すべからざる理想の妙趣は、輪扁の木を断るがごとくついに他に教うべからずといえども、一棒の下に頓悟せしむるの工夫なきにしもあらず。蕪村はこの理想的のことをなお理想的に説明せり。かつその説明的なると文学的なるとを問わず、かくの・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・されることを断る権利をもっている。日本と米国そのものが人民の平和より何より先に戦略的な地点として考えられるような考えかたに麻痺させられず、世界の軍備縮少を要求しアジアにおいてそれを実現させる力となって行かなければならないと思う。 去年も・・・ 宮本百合子 「世界は求めている、平和を!」
・・・私を呼び、切角云って来たのを、断るのも余りひどいからと、お父様もたって仰云るから、まあ行こうと思っては居るが、と云う程度である。 私の心持では、Aが、自分から進んで、其丈の配慮をしたことに、深い慶びを感じて居た。其だのに、彼方では一向、・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫