・・・ くさりを切らした洋装の娘が断髪を風に吹きなびかして、その犬のあとを追いかけて同じく榛の木の土堤上に現われたのも善ニョムさんは、わからなかった。 赤白マダラの犬は、主人の呼声を知らぬふりで飛び跳ねながら、並樹土堤から、今度は一散に麦・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・この苗木のもとに立って、断髪洋装の女子と共に蓄音機の奏する出征の曲を聴いて感激を催す事は、鬢糸禅榻の歎をなすものの能くすべき所ではない。巴里には生きながら老作家をまつり込むアカデミイがある。江戸時代には死したる学者を葬る儒者捨場があった。大・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・その後、廃藩置県、法律改定、学校設立、新聞発行、商売工業の変化より廃刀・断髪等の件々にいたるまで、その趣を見れば、我が日本を評してこれを新造の一国と云わざるをえず。人あるいはこの諸件の変革を見て、その原因を王政維新の一挙に帰し、政府をもって・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・花の如く、玉の如く、愛すべく、貴むべく、真に児女子の風を備えて、かの東京の女子が、断髪素顔、まちだかの袴をはきて人を驚かす者と、同日の論にあらざるなり。 この学校は中学の内にてもっとも新なるものなれば、今日の有様にて生徒の学芸いまだ上達・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・そのときの彼女たちは、断髪に日の丸はちまきをしめて、日本の誇る産業戦士であった――寮でしらみにくわれながらも。彼女たちの働く姿は新聞に映画にうつされた。あなたがたの双肩に日本の勝利はゆだねられています、第一線の花形です、というほめ言葉を、そ・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・着物の上にネンネコをひっかけ、断髪にもその着物の裾にも埃あくたをひきずっている。体全体から嘔きたくなるような悪臭がした。弁当を出し入れする戸口のところに突立ったなりどうしても坐らず、グー、グー喉を鳴らしている。 どの監房でも横にはなって・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・薄色の髪の毛を簡単な断髪にして、黒っぽい上衣の胸に、彼女の功績を語る勲章がさげられている。衿もとには、昔のソヴェトに決して見られなかった美しいレースの衿がのぞいている。オルガ・ベルホルツの写真の中の顔は、私たちを感動させる表情をたたえている・・・ 宮本百合子 「新世界の富」
・・・ 地味な、断髪の女が机と机との間をしずかに歩いている。肩ごしに女たちの手帳をのぞき、時々必要な注意を与えている。日本女のすぐそばまで来た時、二十七八の女の手帳をのぞき低い声で、 ――これは間違ってる。 注意を与えた。 ――こ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・の色が見える首、 ○ただ一かわの樹木と鉄柵で内幸町の通りと遮断され 木の間から黄色い電車、緑色の水瓜のようなバス、自動車がとび過るのが見ゆ ○プラタナスの下のベンチ 緑色のコートをきた女、断髪の女とかけて居る。断髪の方の髪の工合・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ 手風琴をひいている断髪の女が輪のなかに、前で、二人の労働婦人がロシア踊りをおどっている。 男と女が組で踊るところを、男役を買ってでている女が、これはまたなんと威勢のいいことだ! 着ぶくれたアガーシャ小母さんである。音楽にあわせ、・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
出典:青空文庫