・・・ こんな事を始めて気づいて驚いている私の鼻の先に突き出た楓の小枝の一つ一つの先端には、ルビーやガーネットのように輝く新芽がもうだいぶ芽らしい形をしてふくらんでいた。 寺田寅彦 「春六題」
・・・うちの垣根は表も裏もからたちの生垣で、季節が来ると青い新芽がふき、白い花もついた。 裏通りは藤堂さんの森をめぐって、細い通が通っており、その道を歩けばからたちの生垣越しに、畑のずいきや莓がよく見えた。だから莓の季節には、からたちの枝を押・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・ *新芽をふいた世界は鋭角になり 緑になり平面に延る人間の心を 擾乱する。夜中の雨に じっとりと濡れ膨らんだ細葉を 擡げ 巻き立ち陽を吸う苔を見よ。音が聴えそうだ。又は勁く、叢れ、さっと若葉を・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・闇紙が日本の民主的文化の重要な新芽をくっているといえると思います。民主的出版の確立のために、用紙の適正な配給を監視するという仕事は、反動文化との闘いの最も根本的な必要だと思います。『新日本文学』の発行が用紙問題で定期的にゆかないというこ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・椎の樹は武蔵野の原始林を構成していたといわれるが、しかし五月ごろの東山に黄金色に輝いている椎の新芽の豪奢な感じを知っているものは、これこそ椎だと思わずにはいられない。 が、湿気と結びついて土壌が重要な役目をしていることも見のがすわけには・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫