・・・ 去年の、やはり五月、藍子が五日程行っていた赤城の話をしているうちに、尾世川まで段々乗気な顔つきになって来た。「何だかどうも私の尻までむずついて来た。――兎に角両国まででも行って見ようじゃありませんか。日がえりで海見て来るのもわるく・・・ 宮本百合子 「帆」
○ 十日程前、自分は田舎の祖母の家に居た。畑は今丁度麦の刈込みや田の草取りでなかなか忙しい。碧く、高く、晴れ晴れと、まるで空に浮いて居る雲を追って起伏して居るような山々の下に、重い愁わしげに金色・・・ 宮本百合子 「麦畑」
・・・けれども、嘗て今日程、自分が絶えず喋って居る「自分達の言葉」に感動したことがあるだろうか、此程、国語と云うものが、如何程強い根を持った「国語」であることを感じた事が、只の一度でもあるだろうか。 勿論私は如何程感心したからと云って、自分達・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・ 人類の生活は時というものに関する認識が、今日程明白に意識されない時代から初まっていました。時に、時という命名を行ったのは人類です。 太古の祖先等は、出生と死――発生と更新の律動を大きな宇宙の波動と感じて生活していたに違いありません・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫