・・・これはかねて世界最大の噴火口の旧跡と聞いていたがなるほど、九重嶺の高原が急に頽こんでいて数里にわたる絶壁がこの窪地の西を回っているのが眼下によく見える。男体山麓の噴火口は明媚幽邃の中禅寺湖と変わっているがこの大噴火口はいつしか五穀実る数千町・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・らしく検討し、ひとり首肯き、また庭にトマトを植え、朝顔の鉢をいじり、さらに百花譜、動物図鑑、日本地理風俗大系などを、ひまひまに開いてみては、路傍の草花の名、庭に来て遊んでいる小鳥の名、さては日本の名所旧蹟を、なんの意味も無く調べてみては、し・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 平泉の旧跡はなるほど景勝の地である。都市というものの発達するに恰好な条件を具えていて、しかもそれが極めて小規模な地形であるのは面白いと思われた。鎌倉やまたこの平泉などのこうした地形を見ると、昔の日本の人口の少なかった程度が推測されるよ・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・のでまた店をとじる。火曜になってようやくもとに復する例である。内の夫婦は御祭中田舎の妻君の里へ旅行した。田中君は「シェクスピヤ」の旧跡を探るというので「ストラトフォドオンアヴォン」と云う長い名の所へ行かれた。跡は妻君の妹と下女のペンと吾輩と・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ヴャトカは日本人の旧跡だから。自分がトンマですりに会って、シベリア鉄道の沿線に泥棒の名所があるなんて逆宣伝して貰っちゃ困るわよ。 ――大丈夫さ! 心得ている。 暗くなってヴャトカへ着いた。ここはヴャトカ・ウェトルジェスキー経済区の中・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
出典:青空文庫