・・・これが明らかとなって初めて、ある特定の意志決定がどの程度まで道徳にかなっているかを判断することができるのである。倫理学はかかる問いに答えることを任務とする。それは行為とそのあり得べき結果との多様な、人間の精神に依従しない関係の認識を要しない・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・朝鮮銀行がやっていた、暗黒相場のルーブル売買が禁止されたのが明らかになった。密輸入者が国外へ持ちだしたルーブル紙幣を金貨に換える換え場がなくなったのだ。 日本のブル新聞は、鮮銀と、漁業会社に肩を持って、ぎょうぎょうしげに問題を取り上げて・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・と善良な夫は反問の言外に明らかにそんなことはせずとよいと否定してしまった。是非も無い、簡素な晩食は平常の通りに済まされたが、主人の様子は平常の通りでは無かった。激しているのでも無く、怖れているのでも無いらしい。が、何かと談話をしてその糸・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ねたる真向からまんざら小春が憎いでもあるまいと遠慮なく発議者に斬り込まれそれ知られては行くも憂し行かぬも憂しと肚のうちは一上一下虚々実々、発矢の二三十も列べて闘いたれどその間に足は記憶ある二階へ登り花明らかに鳥何とやら書いた額の下へついに落・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 男と女の相違が、今は明らかに袖子に見えてきた。さものんきそうな兄さん達とちがって、彼女は自分を護らねばならなかった。大人の世界のことはすっかり分かってしまったとは言えないまでも、すくなくもそれを覗いて見た。その心から、袖子は言いあらわ・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・ある部分は道理だとも思うが、ある部分は明らかに他人の死殻の中へ活きた人の血を盛ろうとする不法の所為だと思う。道理だと思う部分も、結局は半面の道理たるに過ぎないから、矛盾した他の半面も同じように真理だと思う。こういう次第で心内には一も確固不動・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・これがまた小島氏の謙遜の御態度であることは明らかで、へんに「書見いたそうか」式の学者の態度をおとりにならないところに、この編纂者のよさもあるのですが、やはり、ちょっと字典でも調べて原作者の人となりを伝えて下さったほうが、私のような不勉強家に・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・楊樹にさし入った夕日の光が細かな葉を一葉一葉明らかに見せている。不恰好な低い屋根が地震でもあるかのように動揺しながら過ぎていく。ふと気がつくと、車は止まっていた。かれは首を挙げてみた。 楊樹の蔭を成しているところだ。車輛が五台ほど続いて・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・稀に彼の口から洩れる辛辣な諧謔は明らかにそれを語るものである。弱点を見破る眼力はニーチェと同じ程度かもしれない。しかしニーチェを評してギラギラしていると云った彼はこれらの弱点に対してかなり気の永い寛容を示している。迫害者に対しては常に受動的・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・彼らは三吉らより五つ六つ年輩でもあり、土地の顔役でもあって、普通選挙法実施の見透しがいよいよ明らかになると、露骨に彼ら流儀の「議会主義」へとすすんでいた。「竹びしゃくなんかつくらんでも、わしが工場ではたらくがええ」 高坂がそういって・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫