・・・それでもまだしばらくの間は生き残った肉親の人々の追憶の中にかすかな残像のようになって明滅するかもしれない。死んだ自分を人の心の追憶の中によみがえらせたいという欲望がなくなれば世界じゅうの芸術は半分以上なくなるかもしれない。自分にしても恥さら・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・夜雨秋寒うして眠就らず残燈明滅独り思うの時には、或は死霊生霊無数の暗鬼を出現して眼中に分明なることもあるべし。 蓋し氏の本心は、今日に至るまでもこの種の脱走士人を見捨てたるに非ず、その挙を美としてその死を憐まざるに非ず。今一証を示さんに・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ヴェランダの彼方の祭の夜空にエッフェル塔のシトロエンの広告が、この高さでまた新しく甦って来る音楽やどよめきの上に、6シリンダア6シリンダアと機械的な明滅をつづけていた。〔一九三九年九月〕・・・ 宮本百合子 「十四日祭の夜」
・・・一九二九年の初秋には、このエッフェル塔にシトロエン6というイルミネーション広告が終夜明滅していた。父、母、妹たちはヴルール・ペレールのアパートメントに住み、百合子はヴォジラールの下宿の窓から、シトロエン6、シトロエン6、とせわしい明滅が、シ・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・言でいらっしゃる、お側へツッ伏して、平常教えて下すった祈願の言葉を二た度三度繰返して誦える中に、ツートよくお寐入なさった様子で、あとは身動きもなさらず、寂りした室内には、何の物音もなく、ただ彼の暖炉の明滅が凄さを添えてるばかりでした。子供な・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫