・・・…………小春日や小島眺むる頬寄せて 三汀 芥川竜之介 「久米正雄」
・・・ 時雨もよいの夕に春日の森で若い二人の巫女にあったことがある。二人とも十二、三でやはり緋の袴に白い衣をきて白粉をつけていた。小暗い杉の下かげには落葉をたく煙がほの白く上って、しっとりと湿った森の大気は木精のささやきも聞えそうな言いがたい・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・するとここにまた思いもよらない不思議が起ったと申しますのは、春日の御社に仕えて居りますある禰宜の一人娘で、とって九つになりますのが、その後十日と経たない中に、ある夜母の膝を枕にしてうとうとと致して居りますと、天から一匹の黒竜が雲のように降っ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・外の春日が、麗かに垣の破目へ映って、娘が覗くように、千代紙で招くのは、菜の花に交る紫雲英である。…… 少年の瞼は颯と血を潮した。 袖さえ軽い羽かと思う、蝶に憑かれたようになって、垣の破目をするりと抜けると、出た処の狭い路は、飛々の草・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 三 這奴、窓硝子の小春日の日向にしろじろと、光沢を漾わして、怪しく光って、ト構えた体が、何事をか企謀んでいそうで、その企謀の整うと同時に、驚破事を、仕出来しそうでならなかったのである。 持主の旅客は、ただ黙・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 実は小春日の明い街道から、衝と入ったのでは、人顔も容子も何も分らない。縁を広く、張出しを深く取った、古風で落着いただけに、十畳へ敷詰めた絨毯の模様も、谷へ落葉を積んだように見えて薄暗い。大きな床の間の三幅対も、濃い霧の中に、山が遥に、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・八幡の鳩、春日の鹿などの如く、狼をここの御社の御使いなりとすればなるべし。 さてこれより金崎へ至らんとするに、来し路を元のところまで返りて行かんもおかしからねばとて、おおよその考えのみを心頼みに、人にさえ逢えば問いただして、おぼつかなく・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・から、鹿は春日の第一殿鹿島の神の神幸の時乗り玉いし「鹿」から、烏は熊野に八咫烏の縁で、猿は日吉山王の月行事の社猿田彦大神の「猿」の縁であるが如しと前人も説いているが、稲荷に狐は何の縁もない。ただ稲荷は保食神の腹中に稲生りしよりの「いなり」で・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・また、そのすぐ次に、やっぱり柏木の叔父さんにすすめられて、「春日町」という綴方を投書したところが、こんどは投書欄では無しに、雑誌の一ばんはじめのペエジに、大きな活字で掲載せられて居りました。その、「春日町」という綴方は、池袋の叔母さんが、こ・・・ 太宰治 「千代女」
・・・平和な小春日がのどかに野を照らしていた。三島町へはいってもいっこう強震のあったらしい様子がないので不審に思っていると突然に倒壊家屋の一群にぶつかってなるほどと合点が行った。町の地図を三十銭で買って赤青の鉛筆で倒れ屋と安全な家との分布をしるし・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
出典:青空文庫