「――鱧あみだ仏、はも仏と唱うれば、鮒らく世界に生れ、鯒へ鯒へと請ぜられ……仏と雑魚して居べし。されば……干鯛貝らいし、真経には、蛸とくあのく鱈――」 ……時節柄を弁えるがいい。蕎麦は二銭さがっても、このせち辛さは、明日・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・中にも極楽寺の良観は、日蓮は宗教に名をかって政治の転覆をはかる者であると讒訴した。時節柄当局の神経は尖鋭となっていたので、ついにこの不穏の言動をもって、人心を攪乱するところの沙門を、流罪に処するということになった。 これは貞永式目に出家・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・「いや、それは時節柄、省略するだろうと思うけど、いまに薄茶が出るでしょう。まあ、これから一つ、先生の薄茶のお手前を拝見するという事になるんじゃないでしょうか。」私にもあまり自信が無い。 じゃぼじゃぼという奇怪な音が隣室から聞えた。茶・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・年の暮も追々近くなる時節柄お金を取られるのは誰しもいやサ。昭和二年十月記 永井荷風 「申訳」
・・・染物講習会が開催されているのであった。時節柄だなアという感想を沁々と面に浮べていろんなひとたちが見て通った。すると、その横の入口へ一台自動車がすーと止って、なかから一人のお爺さんが背中をかがめてでて来た。その自動車のフロント硝子には「自」と・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・某大銀行の持っているドックで働いている人で、自分のものが時節柄欲しくなったのであろう。ごたついているところに目をつけて、例の満州へよく行く人物を、技術家の代理と称さして、先代と口約を交してあった後継息子のところへ株を貰いにやった。頼まれた人・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・あの記事で、これはありつけるぞととりいそぎ紋付袴を一着に及んだ人相よからぬ職業的一団のあったことも時節柄明らかである。 今月の雑誌は、引つづき世間の興味をうけついで何かの形で東郷侯令嬢の女給ぶりを記事にしているのである。或る読売雑誌には・・・ 宮本百合子 「花のたより」
時局と作家 浪漫主義者の自己暴露 九月の諸雑誌は、ほとんど満目これ北支問題である。そして、時節柄いろいろの形で特種の工夫がされているのであるが、いわゆる現地報告として、相当の蘊蓄・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
新年号の『文学評論』という雑誌に、平林英子さんの「一つの典型」という小説がのっていて時節柄私にいろいろの感想をいだかせた。 民子というプロレタリア文学の仕事をしている主婦のところへ、或る日突然信州の山奥の革命的伝統をも・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
・・・一党派の問題でもなければ、ましてや、時節柄という形容詞をつけられるような種類のことではない。 政府が無能であるとき、破局を救う何の実力ももたないとき、私たち人民は自らを救わなければならない。自らを救うことによって、愛する祖国を、人民のも・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫