・・・ 刑務所の書信用紙というのは赤刷りの細かい罫紙で、後の注意という下の欄には――手紙ノ発受ハ親類ノ者ニノミコレヲ許スソノ度数ハ二カ月ゴトニ一回トス賞表ヲ有スル在所人ニハ一回ヲ増ス云々――こういった事項も書きこまれてある。そして手紙の日づけ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ 昼過ぎになると、担当の看守が「明日の願い事」と云って、廻わってくる。キャラメル一つ。林檎 十銭。差入本の「下附願」。書信 封緘葉書二枚。着物の宅下げ願。 運動は一日一度――二十分。入浴は一週二度、理髪は一週・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・について高松高等商業学校の大泉行雄氏から書信で、九州福岡の原志兔太郎氏が灸の研究により学位を得られたと思うという知らせを受けた。右の原氏著「お灸療治」という小冊子に灸治の学理が通俗的に説明されているそうである。一見したいと思っているがまだそ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
郷里の家を貸してあるT氏からはがきが来た。平生あまり文通をしていないこの人から珍しい書信なので、どんな用かと思って読んでみると、 郷里の画家の藤田という人が、筆者の旧宅すなわち現在T氏の住んでいる屋敷の庭の紅葉を写生し・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・町名番地が変わったからという活版刷りの通知状であったが、とにかく年賀状以外にこの人の書信に接したことはやはり四五年来一度もなかったはずである。 そのはがきを出したのは銀座で会う以前であったということは到着の時刻からも消印からも確実に証明・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・を草しつつあった際、一面識もない人が時々書信又は絵端書抔をわざわざ寄せて意外の褒辞を賜わった事がある。自分が書いたものが斯んな見ず知らずの人から同情を受けて居ると云う事を発見するのは非常に難有い。今出版の機を利用して是等の諸君に向って一言感・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
出典:青空文庫