・・・ × 余の幼少の折、(というような書出しは、れいの思想家たちの回想録にしばしば見受けられるものであって、私が以下に書き記そうとしている事も、下手をすると、思想家の回想録めいた、へんに思わせぶりのものになりはせぬかと心・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
東京は、哀しい活気を呈していた、とさいしょの書き出しの一行に書きしるすというような事になるのではあるまいか、と思って東京に舞い戻って来たのに、私の眼には、何の事も無い相変らずの「東京生活」のごとくに映った。 私はそれま・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ と、やけくそになって書き出した、文字が、なんと、 懶惰の歌留多。 ぽつり、ぽつり、考え、考えしながら書いてゆく所存と見える。 い、夜の次には、朝が来る。 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・ 虚子が小説を書き出した頃は、自分はもう一般に小説というものを読まなくなっていたので、随ってその作品も遺憾ながらほとんど読んでいない。ただ、何であったか、坊主の耳の動くことを書いてあったのを面白いと思ったことがあるくらいである。 千・・・ 寺田寅彦 「高浜さんと私」
・・・ こうして書き出してみると、先生の思い出はあとからあとから数限りもなく出て来るのであるが、この機会にはやはりこれくらいにして筆をおいたほうが適当であろうと思う。 記憶違いのために事実相違の点もいろいろあるかもしれない。それについては・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・自分も何かしら書きたいことがあって筆を取ったはずであったが、思うことがなかなか思うように書けないので、途中で打切ってさて何遍となく行を改めて更に書出してみても、やはりうまく書けない。思うことの書けないのは世の中のせいかというような気もするが・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・という端物の書き出しには、パリーのある雑誌に寄稿の安受け合いをしたため、ドイツのさる避暑地へ下りて、そこの宿屋の机かなにかの上で、しきりに構想に悩みながら、なにか種はないかというふうに、机のひきだしをいちいちあけてみると、最終の底から思いが・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ 私が小説を書き出したのは、何年前からか確と覚えてもいないが、けっして古くはない。見方によればごく近頃であると云ってもよろしい。しかるに我が文壇の潮流は非常に急なもので、私よりあとから、小説家として、世にあらわれ、また一般から作家として・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・スカンジナヴィア文学の専攻家でブランデスやハムスンを日本に紹介した宮原晃一郎氏が、故郷である北海道の新聞へ何か作品をということで書き出したものだった。このたび思いがけなく新聞切抜きを発見することができたのも、宮原氏の未亡人の協力によった。・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・正直にいえば、母が、どっちから、どう書き出したかも、余り珍しく熱心に気をとられているので判らない。 暫く躊躇した後、私は思い切って力を入れ、硯に近い右の方から、ぐっと棒を引いて先をはね、穂先もなおさず左側に向い合ってもう一本の棒を引いた・・・ 宮本百合子 「雲母片」
出典:青空文庫