・・・東西南北、前後左右、あるいは大あるいは小、高きあり、ひくきあり、みの亀の尾ひきたるごとき者、臥したる牛の首あげたるごとき者あり、月島星島桂島、踞せるがごときが布袋島なら立てるごときは毘沙門島にや、勝手に舟子が云いちらす名も相応に多かるべし。・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・あの魚河岸ですら最早東京の真中にはなくて、広瀬さんはじめ池の茶屋の人達が月島の方へ毎朝の魚の買出しに出掛けるとは、お三輪には信じられもしなかった。 閻魔堂の前から、新七達の働いている食堂の横手がよく見える。近くにはアカシヤのわくら葉が静・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・千住に二年つとめて、それから月島のミルクホールに少しいて、さらに上野の米久に移り住んだ。ここに三年いたのである。わずかなお給金の中から、二円でも三円でも毎月かかさず親元へ仕送りをつづけた。十八になって、向島の待合の下女をつとめ、そこの常客で・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ 田中館先生が電流による水道鉄管の腐蝕に関する研究をされた時、やはりこの池の水中でいろいろの実験をやられたように聞いている。その時に使われた鉄管の標本が、まだ保存されているはずである。 月島丸が沈没して、その捜索が問題となった時に、・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・ しかしまた自分の不幸なるコスモポリチズムは、自分をしてそのヴェランダの外なる植込の間から、水蒸気の多い暖な冬の夜などは、夜の水と夜の月島と夜の船の影とが殊更美しく見えるメトロポオル・ホテルの食堂をも忘れさせない。世界の如何なる片隅をも・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 三日ばかりで、組合の男の同志は月島署へまわされた。 看守が残った女の同志に、「君ァ、鳩ぽっぽかと思ってたらどうしてなかなか偉いんだそうじゃないか」と云った。「――鳩ぽっぽだわよ」 そして、濡手拭を頬に当てたまま・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・また月島の方のある工場ではやはり軍需品を嫌でも応でも温順しく作らせるべく全職工を強制的に国粋的色彩の御用団体にまとめ上げてしまった。トーキーに駆逐されて口が干上ると起ち上った映画従業員のスト等々数えきれない問題のすべては、戦争によって一時的・・・ 宮本百合子 「メーデーに備えろ」
出典:青空文庫