・・・ 山河月色、昔のままである。昔の知人の幾人かはこの墓地に眠っている。豊吉はこの時つくづくわが生涯の流れももはや限りなき大海近く流れ来たのを感じた。われとわが亡友との間、半透明の膜一重なるを感じた。 そうでない、ただかれは疲れはてた。・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・笛を吹く者あり、歌う者あり、三味線の音につれて笑いどよめく声は水に臨める青楼より起こるなど、いかにも楽しそうな花やかなありさまであったことで、しかし同時にこの花やかな一幅の画図を包むところの、寂寥たる月色山影水光を忘るることができないのであ・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
上 夏の初、月色街に満つる夜の十時ごろ、カラコロと鼻緒のゆるそうな吾妻下駄の音高く、芝琴平社の後のお濠ばたを十八ばかりの少女、赤坂の方から物案じそうに首をうなだれて来る。 薄闇い狭いぬけろじの車止・・・ 国木田独歩 「二少女」
出典:青空文庫