・・・さればこの場合に之を云々するのは、恰も七十の老翁を捉えて生命保険の加入契約を勧告し、或はまた玉の井の女に向って悪疾の有無を問うにもひとしく、あまりにばかばかし過る事である。是亦車中百花園行を拒むもののなかった理由であろう。わたくし達は、又日・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・諭吉においては、文部省中にかかる人物あるべきを信ぜざるのみならず、日本国中にその有無を疑う者なり。 あるいはこの撰は、一個人の意見に非ずして、一省の協議になりしものなりといわんか。とりもなおさず日本政府の撰びたる倫理論なり。然らばすなわ・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・故に、かの国々の男子が不品行を犯すは、初めよりその不品行なるを知り、あたかも輿論に敵して窃かにこれを犯すことなれば、その事はすべて人間の大秘密に属して、言う者もなく聞く者もなく、事実の有無にかかわらず外面の美風だけはこれを維持してなお未だ破・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 左れば当時積弱の幕府に勝算なきは我輩も勝氏とともにこれを知るといえども、士風維持の一方より論ずるときは、国家存亡の危急に迫りて勝算の有無は言うべき限りにあらず。いわんや必勝を算して敗し、必敗を期して勝つの事例も少なからざるにおいてをや・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・蓋し意の有無と其発達の功拙とを察し、之を論理に考え之を事実に徴し、以て小説の直段を定むるは是れ批評家の当に力むべき所たり。 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・歴史をひもとくと、燃き物と紙の有無とは、常にその社会生活の一般状態を雄弁に物語っているようです。作家の思いは、原稿紙がなくなればどんな紙切れへでも、その紙切れへものをかくような時代の作品を書こうと思っているのでしょう。歌をうたうかたは、唱っ・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
・・・そこでは左翼的な意識の有無が第一の問題とはならず、或る勤労条件、生活環境におかれた一人の人間が、自分の人間らしい心持から周囲と摩擦し、自分自身の内にある新しいものと古いものとの間の矛盾を感じ、使うものと使われる者との必然的な利害の対立を感じ・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・ この社会的事実は、一定の文学組織の有無にかかわりなき一箇のリアリティーである。 私達の生活している現実が右のようであるとすれば、文化・文学を正当に発展せしめようとする忠実な努力は当然、可動的なインテリゲンツィアをして、その能動精神・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・エンボイにはどんな無電設備があったか、遭難後の状況で、その設備の有無が認め得たか得なかったか。美辞麗句の哀悼の詞より、死者を瞑せしめるのは、偽りないその点への科学的な追究の態度であったろうと思う。 この感想を私は或る新聞の短文にかいたら・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
・・・それに本多家、遠藤家、平岡家、鵜殿家の出役があって、先ず三人の人体、衣類、持物、手創の有無を取り調べた。創は誰も負っていない。次に永井、久保田両徒目附に当てた口書を取った。次に死骸の見分をした。酒井家に奉公した時の亀蔵の名を以て調書に載せら・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫