・・・の田畝道にあらわれ出したのは、今からふた月ほど前、近郊の地が開けて、新しい家作がかなたの森の角、こなたの丘の上にでき上がって、某少将の邸宅、某会社重役の邸宅などの大きな構えが、武蔵野のなごりの櫟の大並木の間からちらちらと画のように見えるころ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・芝生の上に遊んでいた栗鼠はわれわれが近よるとそばの木にかけ上った。木の間にはきれいな鳥も見かける。ねむの花のような緋色の花の満開したのや、仏桑花の大木や、扇を広げたような椰子の一種もある。背の高いインド人の巡査がいて道ばたの木の実を指さし「・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・墓前花堆うして香煙空しく迷う塔婆の影、木の間もる日光をあびて骨あらわなる白張燈籠目に立つなどさま/″\哀れなりける。上野へ入れば往来の人ようやくしげく、ステッキ引きずる書生の群あれば盛装せる御嬢様坊ちゃん方をはじめ、自転車はしらして得意気な・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・わたくしは梅花を見る時、林をなしたひろい眺めよりも、むしろ農家の井戸や垣のほとりに、他の樹木の間から一株二株はなればなれに立っている樹の姿と、その花の点々として咲きかけたのを喜ぶのである。いわゆる竹外の一枝斜なる姿を喜び見るのである。 ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・張園の木の間に桂花を簪にした支那美人が幾輛となく馬車を走らせる光景。また、古びた徐園の廻廊に懸けられた聯句の書体。薄暗いその中庭に咲いている秋花のさびしさ。また劇場や茶館の連った四馬路の賑い。それらを見るに及んで、異国の色彩に対する感激はま・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・ 行手の右側に神社の屋根が樹木の間に見え、左側には真暗な水面を燈火の動き走っているのが見え出したので、車掌の知らせを待たずして、白髯橋のたもとに来たことがわかる。橋快から広い新道路が東南に向って走っているのを見たが、乗合自動車はその方へ・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・河を隔てて木の間隠れに白くひく筋の、一縷の糸となって烟に入るは、立ち上る朝日影に蹄の塵を揚げて、けさアーサーが円卓の騎士と共に北の方へと飛ばせたる本道である。「うれしきものに罪を思えば、罪長かれと祈る憂き身ぞ。君一人館に残る今日を忍びて・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・粟の壺と水の壺を留り木の間にようやく置くや否や、手を引き込ました。籠の戸ははたりと自然に落ちた。文鳥は留り木の上に戻った。白い首を半ば横に向けて、籠の外にいる自分を見上げた。それから曲げた首を真直にして足の下にある粟と水を眺めた。自分は食事・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・大急ぎに山を下りながら、遥かの木の間を見下すと、麓の村に夕日の残っておるのが画の如く見えた。あそこいらまではまだなかなか遠い事であろうと思われて心細かった。 明治廿八年の五月の末から余は神戸病院に入院して居った。この時虚子が来てくれてそ・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ そして二人はずうっと木の間を通って、柏の木大王のところに来ました。 大王は大小とりまぜて十九本の手と、一本の太い脚とをもって居りました。まわりにはしっかりしたけらいの柏どもが、まじめにたくさんがんばっています。 画かきは絵の具・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
出典:青空文庫