・・・歟、堺の住民が外国と交商して其智識を移し得たからである歟、我邦の城は孑然として町の内、多くは外に在るのを常として、町は何等の防備を有せぬのを例としていたが、堺は町を繞らして濠を有し、町の出入口は厳重な木戸木戸を有し、堺全体が支那の城池のよう・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・挫くと江戸で逢ったる長兵衛殿を応用しおれはおれだと小春お夏を跳ね飛ばし泣けるなら泣けと悪ッぽく出たのが直打となりそれまで拝見すれば女冥加と手の内見えたの格をもってむずかしいところへ理をつけたも実は敵を木戸近く引き入れさんざんじらしぬいた上の・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・横手の木戸を押して、先生は自分の屋敷の裏庭の方へ高瀬を誘った。 先生の周囲は半ば農家のさまだった。裏庭には田舎風な物置小屋がある。下水の溜がある。野菜畠も造ってある。縁側に近く、大きな鳥籠が伏せてあって、その辺には鶏が遊んでいる。今度の・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・テントは烈風にはためき、木戸番は声をからして客を呼んでいる。ふと絵看板を見ると、大きな沼で老若男女が網を曳いているところがかかれていて、ちょっと好奇心のそそられる絵であった。私は立ちどまった。「伯耆国は淀江村の百姓、太郎左衛門が、五十八・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 六月十日木戸一郎 井原退蔵様 拝復。 先日は、短篇集とお手紙を戴きました。御礼おくれて申しわけありませんでした。短篇集は、いずれゆっくり拝読させて戴くつもりです。まずは、御礼まで。草々。 十八日井・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・口笛を三度すると、Kは、裏木戸をそっとあけて、出て来る。「いくら?」「お金じゃない。」 Kは、私の顔を覗きこむ。「死にたくなった?」「うん。」 Kは、かるく下唇を噛む。「いまごろになると、毎年きまって、いけなくな・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・まず鴨居からつるした障子や木戸の模型がおもしろかった。次におもしろいと思ったのは、舞台面の仮想的の床がずっと高くなり、天井がずっと低くなって天地が圧縮され、従って縮小された道具とその前に動く人形との尺度の比例がちょうど適当な比例になっている・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 朝九時ごろ出入りのさかな屋が裏木戸をあけて黙ってはいって来て、盤台を地面におろす、そのコトリという音が聞こえると、今まで中庭のベンチの上で死んだように長くなって寝そべっていた猫が、反射的に飛び起きて、まっしぐらに台所へ突進する。それも・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・そんな気のするのは畢竟自分が平生相撲に無関心であり、二三十年来相撲場の木戸をくぐった事さえないからであろう。それほど相撲に縁のない自分が、三十年ほど前に夏目漱石先生の紹介で東京朝日新聞に「相撲の力学」という記事を書いて、掲載されたことがある・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・下水のそばにきたない木戸があって、それに葡萄らしいものがからんでいる。犬が一匹うろうろしている。片すみには繩を張って、つぎはぎのせんたく物が干してある。表の町のほうでギターにあわせて歌っている声もこの井戸の底から聞こえて来た。遠くの空のほう・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫