・・・その未見の親友の、純粋なるくやしさが、そのまま私の血管にも移入された。私は家へかえって、原稿用紙をひろげた。『私は無頼の徒ではない。』具体的に言って呉れ。私は、どんな迷惑をおかけしたか。私は借銭をかえさなかったことはない。私は、ゆえなく人の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・アヴァンガルドというのは未見であるが、ともかくもわれわれはフランス映画の将来にある期待をかけてもいいように思われる。 われらの祖先にも、少なくも芸術の上では、恐ろしく頭のいい独創的天才がいた。光琳歌麿写楽のごとき、また芭蕉西鶴蕪村のごと・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・それで今度は未見の箱根町まで行って湖畔で昼飯でも食って来ようということになった。自分達の外出にはとかく食うことが重要な目的の一つになっているようである。 東京駅発の電車は思いの外あまり込まなかった。横浜で下りた子供連れの客はたいてい博覧・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・海流の研究の結果から氷洋の中に未見の島の存在を予報したこの人には「日光」や「カブキ」は問題にならなかった。地球磁力や気象の観測を受け持って来たただ一人の婦人部員某夫人は、男のように短く切りつめた断髪で、青い着物を着ていた。どこか小鳥のような・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・然し今まで平穏に自分の囲を取捲いていた生活の調子は崩れてしまうだろう、自分はまるで未知未見な生活に身を投じて、辛い辛い思いで自分を支えて行かなければならない――ここで、人として独立の自信を持ち得ない、持つ丈の実力を欠いている彼女は、何処かに・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
出典:青空文庫