・・・いつなんどき、怒り狂い、その本性を暴露するか、わかったものではない。犬はかならず鎖に固くしばりつけておくべきである。少しの油断もあってはならぬ。世の多くの飼い主は、みずから恐ろしき猛獣を養い、これに日々わずかの残飯を与えているという理由だけ・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・それがこの終戦後の、日本はじまって以来の大混乱の姿を見て、もはや黙すべからずと、かれの本性を私に打ち明け、また私の兄と弟とを指摘して兄弟三人、力を合せて日本を救え、他の男は皆だめだと言ったのです。私たちの母の説に依れば、百年ほど前から既に世・・・ 太宰治 「女神」
・・・すなわち、書斎に引き籠り、人目を避けてたちまち大食いの本性を発揮したというわけなのである。とかく、いつわりの多い子である。チョコレート二十、ドロップ十個を嚥下し、けろりとしてトラビヤタの鼻唄をはじめた。唄いながら、原稿用紙の塵を吹き払い、G・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・そうしてこれらに対する反応によってその問題の対象の本性を探知すると同時に、一方ではまたそれらの種々の環境因子に通有な性質と作用の帰納に必要な資料を収集するのである。ただ物質と物質的エネルギーの場合とちがって、対象のすべてが作者の中にあるので・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・無理の圧迫が劇しい時には弱虫の本性を現してすぐ泣き出すが、負けぬ魂だけは弱い体躯を駆って軍人党と挌闘をやらせた。意気地なく泣きながらも死力を出して、何処でも手当り次第に引っかき噛みつくのであった。喧嘩を慰みと思っている軍人党と、一生懸命の弱・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・これは科学的のアルバイトというものの本性に関する認識不足から起こる現象である。そうした不平をいう弟子にはまた当然独創力に乏しい弱い頭の持ち主が多いわけである。もし独創力のある弟子なら、そんな些細なものを先生にくれてやっても、自分の仕事は目の・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・しかし物理学の非常に進歩した今日でも、光の本性についてはまだ解決のつかない事はいくらもある。これらの歴史を幾分でも児童に了解させるように教授する事はそれほど困難ではあるまい。かようにしていって、科学は絶対のものでない、なおいくらも研究の余地・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・しかもその弾丸の本性はまだだれにもわからないのである。 科学はやはり不思議を殺すものでなくて、不思議を生み出すものである。 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・伸びるのが目的でもなく縮むのが本性でもなく、伸びたり縮んだりするのが生きている心臓や肺の役目である。これが伸び切り、縮み切りになるときがわれわれの最後の日である。 弛緩の極限を表象するような大きな欠伸をしたときに車が急に止まって前面の空・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ ともかくもこのような事情であるから颱風の災害防止の基礎となるべき颱風の本性に関する研究はなかなか生やさしいことではないのである。目前の災禍に驚いて急いで研究機関を設置しただけでは遂げられると保証の出来ない仕事である。ただ冷静で気永く粘・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
出典:青空文庫