・・・と金字で書いた鉄門をはいると、真直な敷石道の左右に並ぶ休茶屋の暖簾と、奉納の手拭が目覚めるばかり連続って、その奥深く石段を上った小高い処に、本殿の屋根が夕日を受けながら黒く聳えている。参詣の人が二人三人と絶えず上り降りする石段の下には易者の・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 番傘を、下から煽る風にふき上げられまいと母の上にかざして何百段かの石段をのぼりつめたとき、更に高い本殿まで昇って椽側に腰をおろしたとき、私のこころは憤りでふるえるようであった。子を無事にかえしてほしいと思う母親、許婚の命があるようにと・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・大鳥居から拝殿へ行く石畳みの上へ一条雪掻きでつけた道がある。本殿から社務所のようなところへ架けた渡殿の下だけ雪がなく、黒土があらわれ、立木の間から、彼方に広い眺望のあることが感じられた。 藍子は人っ子一人いない雪の中に佇んで暫くあちこち・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫