・・・十中八九は実際おそらくなんらの目立った果実を結ぶことなく歴史の闇に葬られるかもしれない。しかしそういうものはいくらあっても、決して科学の進歩を阻害する心配はないのである。科学という霊妙な有機体は自分に不用なものを自然に清算し排泄して、ただ有・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・樹の枝はみな生物のように垂れてその美しい果実を王子たちに奉った。 これを見たものみな身の毛もよだち大地も感じて三べんふるえたと云うのだ。いま私らはこの実をとることができない。けれどももしヴェーッサンタラ大王のように大へんに徳のある人なら・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・ベースピラミッド カンデラブルまたパルメット エーベンタールことにも二つの コルドンと棚の仕立に いたりしにひかりのごとく 降り来し天の果実を いかにせん。みさかえはあれ かがやきのあめとしめりの く・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・われらは田園の風と光の中からつややかな果実や、青い蔬菜といっしょにこれらの心象スケッチを世間に提供するものである。注文の多い料理店はその十二巻のセリーズの中の第一冊でまずその古風な童話としての形式と地方色とをもって類集したものであっ・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・実る自己完成の果実は、千万人の喉をうるおわす宙を蓄えて居る、と。 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・田中英光の「オリムポスの果実」からはじめられて「少女」「地下室にて」を通り「野狐」その他に到った過程の検討を、民主的批評がとりあげることも必要であった。しかしそれはたいしてされないままであった。現代文学はいつの時代よりも創作態度が意識的にな・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・何処までも 繊細に 何処までも 鋭く而も大らかに 生命の光輝を保つことこそ人間は、芸術は甲斐ある 精神の果実だ。其処に 日が照り 香気がちり朽ちても 大地に種を落す命の ひきつぎて となり得るのだ。私・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ ――どっから果実砂糖煮の分が出ます?―― ――あなたんところでは今砂糖でも煙草でもみんな外国へ出して機械になるんだからね。オデッサの港には砂糖の山があるって。 ――ほらね! そうして「五ヵ年計画を四年で」やりとげるのさ。ここん・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・古い果樹の、熟しすぎた果実として、フランスの文化伝統たる個人中心の考えかたは現実に破れたのであった。 日本の場合、それは全く異っている。決して、たっぷりと開花し、芳香と花粉とを存分空中に振りまいて、実り過ぎて軟くなり、甘美すぎてヴィタミ・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・今、彼はルイザを見ると、その若々しい肉体はジョゼフィヌに比べて、割られた果実のように新鮮に感じられた。だが、そのとき彼自身の年齢は最早四十一歳の坂にいた。彼は自身の頑癬を持った古々しい平民の肉体と、ルイザの若々しい十八の高貴なハプスブルグの・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫