・・・ 芝生の上では、日光浴をしている白い新鮮な患者たちが坂に成った果実のように累々として横たわっていた。 彼は患者たちの幻想の中を柔かく廊下へ来た。長い廊下に添った部屋部屋の窓から、絶望に光った一列の眼光が冷たく彼に迫って来た。 彼・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ 実際私たちのような仕事を選んだ者は、ある一つの輝いた瞬間を捕えるために、果実のないむだな永い時間を費やすことがあります。そういう時に人が、そんなにノラクラしているくらいなら、と思うのも無理はないと思います。自分でさえそう感じる事が時に・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・ 四十に近づいて急に美しい花を開き豊かな果実を結ぶ人がある。下に食い入る事に没頭していたからである。 私の知人にも理解のいい頭と、感激の強い心臓と、よく立つ筆とを持ちながら、まるで労作を発表しようとしない人がある。彼は今生きることの・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫