・・・おれの読んだのは尾上柴舟という人の書いたのだけだ。B そうさ。おれの読んだのもそれだ。然し一人が言い出す時分にゃ十人か五人は同じ事を考えてるもんだよ。A あれは尾上という人の歌そのものが行きづまって来たという事実に立派な裏書をしたも・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・かの末木の香は「世の中の憂きを身に積む柴舟やたかぬ先よりこがれ行らん」と申す歌の心にて、柴舟と銘し、御珍蔵なされ候由に候。 某つらつら先考御当家に奉仕候てより以来の事を思うに、父兄ことごとく出格の御引立を蒙りしは言うも更なり、某一身に取・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・かの末木の香は、「世の中の憂きを身に積む柴舟やたかぬ先よりこがれ行らん」と申す歌の心にて、柴舟と銘し、御珍蔵なされ候由に候。その後肥後守は御年三十一歳にて、慶安二年俄に御逝去遊ばされ候。御臨終の砌、嫡子六丸殿御幼少なれば、大国の領主たらんこ・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫