・・・あんなに芸事には身を入れていても、根性の卑しさは直らないかと思うと、実際苦々しい気がするのです。………「若槻はまたこうもいうんだ。あの女はこの半年ばかり、多少ヒステリックにもなっていたのでしょう。一時はほとんど毎日のように、今日限り三味・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・いよいよはがきに鉛筆を走らせるまでには、どうにか文句ができるだろうくらいな、おうちゃくな根性ですましていたが、こうなってみると、いくら「候間」や「候段」や「乍憚御休神下され度」でこじつけていっても、どうにもこうにも、いかなくなってきた。二、・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ が、この気の毒な光景も、当時の自分には徒に、先生の下等な教師根性を暴露したものとしか思われなかった。毛利先生は生徒の機嫌をとってまでも、失職の危険を避けようとしている。だから先生が教師をしているのは、生活のために余儀なくされたので、何・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・焼け失せた函館の人もこの卑い根性を真似ていた。札幌の人はあたりの大陸的な風物の静けさに圧せられて、やはり静かにゆったりと歩く。小樽の人はそうでない、路上の落し物を拾うよりは、モット大きい物を拾おうとする。あたりの風物に圧せらるるには、あまり・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・お貞、ずるい根性を出さないで、表向に吾を殺して、公然、良人殺しの罪人になるのだ。お貞、良人殺の罪人になるのだ。うむお貞。 吾を見棄てるか、吾を殺すか、うむ、どちらにするな。何でも負債を返さないでは、あんまり冥利が悪いでないか。いや、ない・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・何という根性の悪い人だか、私もはアここのうちに居るのは厭になってしまった。昨日政夫さんが来るのは解りきって居るのに、姉さんがいろんなことを云って、一昨日お民さんを市川へ帰したんですよ。待つ人があるだっぺとか逢いたい人が待ちどおかっぺとか、当・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・随って相場をする根性で描く画家も、株を買う了簡で描いてもらう依頼者もなかった。時勢が違うので強ち直ちに気品の問題とする事は出来ないが、当時の文人や画家は今の小説家や美術家よりも遥かに利慾を超越していた。椿岳は晩年画かきの仲間入りをしていたが・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・文学として立派に職業たらしむるだけの報酬を文人に与え衣食に安心して其道に専らなるを得せしめ、文人をして社会の継子たるヒガミ根性を抱かしめず、堂々として其思想を忌憚なく発露するを得せしめて後初めて文学の発達を計る事が出来る。文人が社会を茶にし・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 文芸が趣味であり、また、単に自己享楽のためであり、若しくは、芸であると解する人々は、いかに理窟を言っても、根性の底に、昔の幇間的態度の抜けないのを見る。それは文芸の隆盛な時代は、大概太平な時代であったからである。そして、芸術が享楽階級・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・私の親戚のあわて者は、私の作品がどの新聞、雑誌を見ても、げす、悪達者、下品、職人根性、町人魂、俗悪、エロ、発疹チブス、害毒、人間冒涜、軽佻浮薄などという忌まわしい言葉で罵倒されているのを見て、こんなに悪評を蒙っているのでは、とても原稿かせぎ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫