・・・要するに婦人がおしゃべりなれば自然親類の附合も丸く行かずして家に風波を起すゆえに離縁せよとの趣意ならんなれども、多言寡言に一定の標準を定め難し。此の人に多言と聞えても彼の人には寡言と思われ、甲の耳に寡言なるも乙の聞く所にては多言なることあり・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 世に道徳論者ありて、日本国に道徳の根本標準を立てんなど喧しく議論して、あるいは儒道に由らんといい、あるいは仏法に従わんといい、あるいは耶蘇教を用いんというものあれば、また一方にはこれを悦ばず、儒仏耶蘇、いずれにてもこれに偏するは不便な・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
翻訳は如何様にすべきものか、其の標準は人に依って、各異ろうから、もとより一概に云うことは出来ぬ。されば、自分は、自分が従来やって来た方法について述べることとする。 一体、欧文は唯だ読むと何でもないが、よく味うて見ると、・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・併しそれが直ちに人生に触れる触れぬの標準となるんなら、大変軽卒のわけじゃないか。引緊った感を起させる、起させぬの別と、人生に触れる、触れぬとの間にゃ大なるギャップが有りゃせんか。私はどうも那様気がするね。触れる云々は形容詞に過ぎんように思う・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・ある一派の倫理学者の如く行為の結果を以て善悪の標準とする者はお七を大悪人とも呼ぶであろう。この、無垢清浄、玉のようなお七を大悪人と呼ぶ馬鹿もあるであろう。けれどお七の心の中には賢もなく愚もなく善もなく悪もなく人間もなく世間もなく天地万象もな・・・ 正岡子規 「恋」
・・・衆人の攻撃も慮るところにあらず、美は簡単なりという古来の標準も棄てて顧みず、卓然として複雑的美を成したる蕪村の功は没すべからず。 芭蕉の句はことごとく簡単なり。強いてその複雑なるものを求めんか、鶯や柳のうしろ藪の前つゝじ活け・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・大学は、英語を使用し、英語で使用される新しい大小の官僚、事務官を養成すればことたりるところという標準で組みかえられつつある。それに抵抗して日本の理性と学問、文化の自立を主張する動きは、全日本の規模で全学問の分野を包含した。生きる自由、学び、・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・なくて、続々と失業させられている労働者の食べられるもの、着ていられるものは何か、田圃で働いている人々、苦しい中小商工業の人々の生活で、赤坊の着ているものはどういうものかということに、人民的生活の進歩の標準があるのです。 一つの学校の中で・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・伎楽面的な美を標準にして見れば、能面はまさにこのような印象を与えるのである。この点については自分は今でも異存がない。 しかし能面は伎楽面と様式を異にする。能面の美を明白に見得るためには、ちょうど能面に適したように眼鏡の度を合わせ変えなく・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
・・・従って味の高下や品格などについては決して妥協を許さない明確な標準があったように思われる。外見の柔らかさにかかわらず首っ骨の硬い人であったのはそのゆえであろう。 何かのおりに、どうして京都大学を早くやめられたか、と先生に質問したことがある・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫