・・・、彼はすっかり参っていた処なので、もう解ったから早く帰って呉れと云わぬばかしの顔していた処なので、そこへ丁度好くそのお茶の小包が着いたので、それが気になって堪らぬと云った風をしては、座側に置いた小包に横目をやっていた。また実際一円の香奠を友・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 乙は其を横目で見て、「まさか水力電気論の中には説明してあるまいよ。」「無いとも限らん。」「あるなら、その内捜して置いてくれ給え。」「よろしい。」 甲乙は無言で煙草を喫っている。甲は書籍を拈繰って故意と何か捜している・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・大津は梅子の顔を横目で見て、「またその内」とばかり、すたこらと門を出て吻と息を吐いた。「だめだ! まだあの高慢狂気が治らない。梅子さんこそ可い面の皮だ、フン人を馬鹿にしておる」と薄暗い田甫道を辿りながら呟やいたが胸の中は余り穏でなかった・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・小心な鴉が重そうに羽ばたきをして、烈しく風を切りながら、頭上を高く飛び過ぎたが、フト首を回らして、横目で自分をにらめて、きゅうに飛び上がッて、声をちぎるように啼きわたりながら、林の向うへかくれてしまッた。鳩が幾羽ともなく群をなして勢いこんで・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・その後のブルジョア文学は、一二の作品で農民を題材としていることがあっても、ほとんど大部分が主として、小ブルジョア層や、インテリゲンチャにチヤホヤして、農民をば、一寸、横目でにらんだだけで素通りしてしまった。それはブルジョア文学としては当然で・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・かず枝は、ふっとこわばった顔になりきょろとプラットフォームを横目で見て、これでおしまいだ。度胸が出たのか、膝の風呂敷包をほどいて雑誌を取り出し、ペエジを繰った。 嘉七は、脚がだるく、胸だけ不快にわくわくして、薬を飲むような気持でウイスキ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・大隅君は、私のどたばた働く姿を寝ながら横目で見て、「君は、めっきり尻の軽い男になったな。」と言って、また蒲団を頭からかぶった。 その日は、私が大隅君を小坂氏のお宅へ案内する事になっていた。大隅君と小坂氏の令嬢とは、まだいちども逢・・・ 太宰治 「佳日」
・・・も自分の形の出来ていないのがわかり、こんな具合では、もういちどはじめから全部やり直さなければなるまい、けれども一体、どこから手をつけて行けばいいのか、途方に暮れて、愚妻の皺の殖えたソバカスだらけの顔を横目で見て、すさまじい気が致しました。私・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・千円の晴れ着を横目ににらんで二十銭のくけひもを買えば、それでその高価な帯を買ったような不思議な幻覚を生ずる事も可能である。陳列されてある商品全部が自分のもので、宅へ置ききれないからここへ倉敷料なしのただで預けてあると思えば、金持ち気分になり・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・のあひるが自身たちの室の前の道路に上がっているときに、パンやまんじゅうの皮の切れはしを投げてやると、はじめはこわそうに様子をうかがってはその餌をさらって急いで逃げ出す、そうして首を左右に曲げて人間なら横目づかいといったような格好で人間の顔色・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
出典:青空文庫