・・・一つの可能性は、上記の浴室の軒の明かり窓の光が一時消えていたのが突然ぱっと一時に明るくなったと仮定すると、その光の帯が暗がりになれていた人の横目には一方から一方に移動する光のように感ぜられたのではないかということである。火花の実験の場合にお・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
・・・ 押詰められて、じじむさい襟巻した金貸らしい爺が不満らしく横目に睨みかえしたが、真白な女の襟元に、文句はいえず、押し敷かれた古臭い二重廻しの翼を、だいじそうに引取りながら、順送りに席を居ざった。赤いてがらは腰をかけ、両袖と福紗包を膝の上・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 彼は、立ち上って、三つばかり先のベンチへ行って、横目で、一渡り待合室を見廻した。幸、眼は光っていなかった。「もっとも、俺の顔を知ってる者はいないんだからな。それに、俺だけが怪しく見えもしないんだからね。何しろ奴等にゃどいつもこいつ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ら三本目の若い柏の木は、ちょうど片脚をあげておどりのまねをはじめるところでしたが二人の来たのを見てまるでびっくりして、それからひどくはずかしがって、あげた片脚の膝を、間がわるそうにべろべろ嘗めながら、横目でじっと二人の通りすぎるのをみていま・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・ みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子はちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらし・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 桃龍は、文楽人形のようなグロテスクなところがどこにかある顔で対手を睨むような横目した。「――怪体な舞まわされて、走らずにいられへんわ」 都踊りの最後の稽古の日、その日はまあ大事の日だから、自信のある年嵩の連中でもちゃんと時間前・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ それだけ云って、あとは煙草を指に挾んだままの腕組みで凝っと横目に私の顔を眺める。――「…………」 対手の眼を見つめているうちに、仄めかされた言葉の内容が、徐々に、その重要性と具体的な意味とで分って来る。―― 間を置いて、私・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・大塚は百五十石取りの横目役である。四月二十六日に切腹した。介錯は池田八左衛門であった。内藤がことは前に言った。太田は祖父伝左衛門が加藤清正に仕えていた。忠広が封を除かれたとき、伝左衛門とその子の源左衛門とが流浪した。小十郎は源左衛門の二男で・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 新聞を広げている両手の位置を換えずに、脚長は不精らしくちょいと横目でこっちを見た。「Nothing at all!」物を言い掛けた己に対してよりは、新聞に対して不平なような調子で言い放ったが、暫くして言い足した。「また椰子の殻に爆弾を・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・己はちょいと横目で、書棚にある書物の背皮を見た。グルンドヴィグ、キルケガアルド、ヤアコップ・ビョオメ、アンゲルス・シレジウス、それからギョオテのファウストなどがある。後に言った三つの書物は、背革の文字で見ると、ドイツの原書である。エルリング・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫