・・・しかも御札を抛りこんだ、一の橋の橋杭の所にさ。ちょうど日の暮の上げ潮だったが、仕合せとあすこにもやっていた、石船の船頭が見つけてね。さあ、御客様だ、土左衛門だと云う騒ぎで、早速橋詰の交番へ届けたんだろう。僕が通りかかった時にゃ、もう巡査が来・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 虫ではない、確かに鳥らしく聞こえるが、やっぱり下の方で、どうやら橋杭にでもいるらしかった。「千鳥かしらん」 いや、磯でもなし、岩はなし、それの留まりそうな澪標もない。あったにしても、こう人近く、羽を驚かさぬ理由はない。 汀・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・工事七分という処で、橋杭が鼻の穴のようになったため水を驚かしたのであろうも知れない。 僥倖に、白昼の出水だったから、男女に死人はない。二階家はそのままで、辛うじて凌いだが、平屋はほとんど濁流の瀬に洗われた。 若い時から、諸所を漂泊っ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ たちまち群集の波に捲かれると、大橋の橋杭に打衝るような円タクに、「――環海ビルジング」「――もう、ここかい――いや、御苦労でした――」 おやおや、会場は近かった。土橋寄りだ、と思うが、あの華やかな銀座の裏を返して、黒幕・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・両国橋の落ちたる話も、まず聞いて耳に響くはあわれなる女の声の――人雪頽を打って大川の橋杭を落ち行く状を思うより前に――何となく今も遥かに本所の方へ末を曳いて消え行く心地す。何等か隠約の中に脈を通じて、別の世界に相通ずるものあるがごとくならず・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・このような流れが海の底の敷居を越える時には、丁度橋杙などの下流が掘れくぼむと同じような訳で、敷居の下流のところがだんだんに深くなったのであろうという説があります。 このほか名高い瀬戸や普通の人の知らぬ瀬戸で潮流の早いところは沢山あります・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
出典:青空文庫