・・・所が、千五百五年になると、ボヘミアで、ココトと云う機織りが、六十年以前にその祖父の埋めた財宝を彼の助けを借りて、発掘する事が出来た。そればかりではない。千五百四十七年には、シュレスウィッヒの僧正パウル・フォン・アイツェンと云う男が、ハムブル・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・ 機織り場の多い町だったね。」「ええ。」「君は機を織らなかったの?」「子供の時に織ったことがあります。」 わたしはこう云う話の中にいつか彼女の乳首の大きくなり出したのに気づいていた。それはちょうどキャベツの芽のほぐれかかった・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・いつなりけん、途すがら立寄りて尋ねし時は、東家の媼、機織りつつ納戸の障子より、西家の子、犬張子を弄びながら、日向の縁より、人懐しげに瞻りぬ。 甲冑堂 橘南谿が東遊記に、陸前国苅田郡高福寺なる甲冑堂の婦人像を記せるあり・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ ああ、やれやれ、家へ帰ってもあの年紀で毎晩々々機織の透見をしたり、糸取場を覗いたり、のそりのそり這うようにして歩行いちゃ、五宿の宿場女郎の張店を両側ね、糸をかがりますように一軒々々格子戸の中へ鼻を突込んじゃあクンクン嗅いで歩行くのを御・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・僕が居ない時は機織場で、僕が居る内は僕の読書室にしていた。手摺窓の障子を明けて頭を出すと、椎の枝が青空を遮って北を掩うている。 母が永らくぶらぶらして居たから、市川の親類で僕には縁の従妹になって居る、民子という女の児が仕事の手伝やら母の・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 女は、そうかと思いました。急に、心細いような感じがして、ついに、お嫁にゆく気になってしまいました。 女は、機織りの家に、二度めに嫁いだのであります。そして、今度は、一日じゅう機を織って、夫の仕事を助けました。夫は、また、妻をかわい・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・しかし自分の姉の家ではその老母がずっとあとまで、自分らの中学時代までも、この機織りを唯一の楽しみのようにして続けていた。木の皮を煮てかせ糸を染めることまで自分でやるのを道楽にしていたようである。純粋な昔ふうのいわゆる草木染めで、化学染料など・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・ やがて子供が相当の年頃になると、男の子は神様の祭りや祈祷の言葉を教えられたり、女の子は機織り、刺繍などを教えられます。何れも古風な仕つけ方であります。また今日では内地人のような教育を受けている者もあって一様には申されません。アイヌ婦人・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・ここには石浦というところに大きい邸を構えて、田畑に米麦を植えさせ、山では猟をさせ、海では漁をさせ、蚕飼をさせ、機織をさせ、金物、陶物、木の器、何から何まで、それぞれの職人を使って造らせる山椒大夫という分限者がいて、人なら幾らでも買う。宮崎は・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫