・・・別室とでもいうところでひっそり待っていると、仲人さんが顔を出し、実は親御さん達はとっくに見えているのだが、本人さんは都合で少し遅れることになった、というのは、本人さんは今日も仕事の関係上欠勤するわけにいかず、平常どおり出勤し、社がひけてから・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・御用というのは欠勤届のことでしょう、」と主人の少女は額から頬へ垂れかかる髪をうるさそうに撫であげながら少し体駆を前に屈めて小声で言った。「ハア、あの五週間の欠勤届の期限が最早きれたから何とか為さらないと善けないッて、平岡さんが、是非今日・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・十分あまえ込んで言うなり次第の倶浮れ四十八の所分も授かり融通の及ぶ限り借りて借りて皆持ち寄りそのころから母が涙のいじらしいをなお暁に間のある俊雄はうるさいと家を駈け出し当分冬吉のもとへ御免候え会社へも欠勤がちなり 絵にかける女を見ていた・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・御届私儀、病気につき、今日欠勤仕り度、此段御届に及び候也。 こう相川は書いて、それを車夫に持たせて会社へ届けることにした。「原さんで御座ましたか。すっかり私は御見それ申して了いましたよ」 と国訛りのある語・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ ところがお前は欠勤で、寮にも帰って来ないし、森ちゃんも心当りが無いと言うし、とにかくきょうは三鷹へ行って見ろ。ただ事でないような兄さんの口調だったぜ。」 鶴は、総毛立つ思いである。「ただ、来いとだけ言ったのか。他には、何も?」・・・ 太宰治 「犯人」
・・・そういう弱い人は、ちょっと少しばかり熱でも出るとすぐにまいってしまって欠勤して蒲団を引っかぶって寝込んで静養する。すればどんな病気でも大抵は軽症ですんでしまう。ところが、抵抗力の強い人は罹病の確率が少ないから統計上自然に跡廻しになりやすい、・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ われわれの在学中田丸先生はほとんど一度も欠勤されなかったような気がする。当時一方には、日曜の翌日、すなわち月曜日というと三度に一度は必ず欠勤するという先生もいたので、田丸先生の精勤はかなり有名であった。 ある時熊本の町を散歩してい・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・原因は出征従業員を会社側で欠勤扱いにしたことであった。「触ルト死ぬゾ」と大書した紙をぶら下げた鉄条網に二百ボルトの電流を通じて警官の侵入を防いでいる写真が新聞に出たりした。闘争基金千円を募集し食糧を一ヵ月分車輌の中に運び込んでいること。婦人・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・「妙なもので公然と欠勤した日の味はまたちがいましてね、勤人根性ですね」 増田の父親の経営している会社の子会社へ、若専務として幸治はオースティンで通っているのであった。 苦労のない三人がストウブのまわりで顔をつき合わせて何や彼やと・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫