・・・クロポトキンが相互扶助論の中に、蟹も同類を劬ると云う実例を引いたのはこの蟹である。次男の蟹は小説家になった。勿論小説家のことだから、女に惚れるほかは何もしない。ただ父蟹の一生を例に、善は悪の異名であるなどと、好い加減な皮肉を並べている。三男・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
文政四年の師走である。加賀の宰相治修の家来に知行六百石の馬廻り役を勤める細井三右衛門と云う侍は相役衣笠太兵衛の次男数馬と云う若者を打ち果した。それも果し合いをしたのではない。ある夜の戌の上刻頃、数馬は南の馬場の下に、謡の会・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・徳ちゃんは確か総武鉄道の社長か何かの次男に生まれた、負けぬ気の強い餓鬼大将だった。 しかし小学校へはいるが早いか僕はたちまち世間に多い「いじめっ子」というものにめぐり合った。「いじめっ子」は杉浦誉四郎である。これは僕の隣席にいたから何か・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・のみならず母は次男の多加志に牛乳やトオストを養っていた。しかし僕は習慣上朝らしい気もちを持ったまま、人気のない台所へ顔を洗いに行った。 朝飯兼昼飯をすませた後、僕は書斎の置き炬燵へはいり、二三種の新聞を読みはじめた。新聞の記事は諸会社の・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・二、三人目に僕の所へ来たおじいさんだったが、聞いてみると、なんでも小松川のなんとか病院の会計の叔父の妹の娘が、そのおじいさんの姉の倅の嫁の里の分家の次男にかたづいていて、小松川の水が出たから、そのおじいさんの姉の倅の嫁の里の分家の次男の里で・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ 店には、ちょうど適齢前の次男坊といった若いのが、もこもこの羽織を着て、のっそりと立っていた。「貰って穿きますよ。」 と断って……早速ながら穿替えた、――誰も、背負って行く奴もないものだが、手一つ出すでもなし、口を利くでもなし、・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 淡島氏の祖の服部喜兵衛は今の寒月から四代前で、本とは上総の長生郡の三ヶ谷の農家の子であった。次男に生れて新家を立てたが、若い中に妻に死なれたので幼ない児供を残して国を飛出した。性来頗る器用人で、影画の紙人形を切るのを売物として、鋏一挺・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・モウ一倍ラクナ事ダロウト思イマス近ゴロノ私ノ道楽ハ、何デモオモイ浮ンダコトヲ書ツケテオイテ、ソレガドレダケノ月日ヲ経タラ、フルクナルカト申スコトヲ試験シテオリマス、何ヲオ隠シ申シマショウ私モ華族ノ二男ニハ生レマセヌノデ、白米氏ニ敗ラルル・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・何度も建てなおされた家で、ここでは次男に鍛冶屋させるつもりで買ってきて建てたんだが、それが北海道へ行ったもんで、ただうっちゃらかしてあるんでごいす。これでも人がはいってピンと片づけてみなせ、本当に見違えるようになるで……」 久助爺はけろ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・それは東京へ出て苦学していたその家の二男が最近骨になって帰って来たからである。その青年は新聞配達夫をしていた。風邪で死んだというが肺結核だったらしい。こんな奇麗な前庭を持っている、そのうえ堂々とした筧の水溜りさえある立派な家の伜が、何故また・・・ 梶井基次郎 「温泉」
出典:青空文庫