・・・あのいい音色で歌う鳥は、姿もまた美しいには相違ないけれど、みずみずしい木の芽を見つけると、きっと、それをくちばしでつついて、食い切ってしまうからです。そのくせ、鳥は木が大きくなってしげったあかつきには、かってにその枝に巣を造ったり、また夜に・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ と朝っぱらから唄うたが、間もなく軽部にその卑俗性を理由に禁止された。「浄瑠璃みたいな文学的要素がちょっともあれへん」 と、言いきかせた。彼は国漢文中等教員検定試験の勉強中であった。それで、お君は、「あわれ逢瀬の首尾あらば、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・一目にて貧しき家の児なるを知りたり。唄うはこのごろ流行る歌と覚しく歌の意はわれに解し難し。ただ二人が唄う節の巧みなる、その声は湿りて重き空気にさびしき波紋をえがき、絶えてまた起こり、起こりてまた絶えつ、周囲に人影見えず、二人はわれを見たれど・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・あの菅公の宇多上皇に対する恩顧の思い出はそれを示して余りあり、理想の愛人に合うことの悦びはいまさらいうまでもなく花は一時に開き鳥は歌うのである。青春未婚の男女であってこの幸福を求めて胸を躍らせない者はないであろう。またそれは与えられるのが常・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・何か君は出来ることがあるだろう――まあ、歌を唄うとか、御経を唱げるとか、または尺八を吹くとかサ。」「どうも是という芸は御座いませんが、尺八ならすこしひねくったことも――」と、男は寂しそうに笑い乍ら答えた。「むむ、尺八が吹けるね。それ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・馬を引く女が唄を歌う。 障子を開けてみると、麓の蜜柑畑が更紗の模様のようである。白手拭を被った女たちがちらちらとその中を動く。蜜柑を積んだ馬が四五匹続いて出る。やはり女が引いている。向いの、縞のようになった山畠に烟が一筋揚っている。焔が・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・「ここで私は天国の事などは歌うまい。しかしできるなら何かこの二人の役にたちたいものだ」 と鳩は思いました。 しかして鳩は、この奥さんがこれから用足しに行く「日の村」へと飛んで行きました。 そのうちに午後になりましたから、この・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・そこの女工さんたちが、作業しながら、唄うのだ。なかにひとつ、際立っていい声が在って、そいつがリイドして唄うのだ。鶏群の一鶴、そんな感じだ。いい声だな、と思う。お礼を言いたいとさえ思った。工場の塀をよじのぼって、その声の主を、ひとめ見たいとさ・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・ピアノを上手に弾いて、クプレエを歌う。その時は周囲が知らず識らずの間に浮かれ出してしまう。先ずこんなわけで、いつの間にかポルジイは真面目にドリスに結婚を申し込んだと云う噂が伝えられた。 これはひどく人の耳目を聳動した。尤もこれに驚かされ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・たとえば黒い線だけで描いた漫画の犬が妙な声をだして何か歌うとする、これが本物の犬の映像だとはなはだ困るであろうが、映画の犬だとそれがきわめて自然なことであり、その歌はほんとうに線画の犬が歌っているとしか思われない。不自然と不自然が完全に調和・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫