・・・今朝、ふるさとの新聞にて、なんとか家なる料亭、けしからぬ宿を兼ねて、それも歌舞伎のすっぽん真似てボタンひとつ押せば、電気仕掛け、するすると大型ベッド出現の由、読みながら噴き出した。あきらかに善人、女将あるいはギャング映画の影響うけて、やがて・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・僕は白状するけれども、前の羽左衛門が大好きでね、あのひとが死んで、もう、歌舞伎を見る気もしなくなった程なのだ。けれども、あれよりも、もっと美しい羽左衛門が出たとなりゃ、僕だって、見に行きたいが、あなたはどうして行かなかったの?」「ジイプ・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・もっともこの関係は歌舞伎でも同様なわけであろうが、人形芝居において、それがもっとも純化され高調されているように思われるのである。 次の幕は「葛の葉の子別れ」であった。畜生の人間的恩愛を描いたこの悲劇の不思議な世界の不思議な雰囲気も、やは・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ エイゼンシュテインは、日本の文化のあらゆる諸要素がモンタージュ的であると論じ、日本の文字でさえも、口と犬とを合わせて吠えるというようにできあがっていると言い、また歌舞伎についても分解的演技の原理という言葉を使って、役者の頭や四肢の別々・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・すると、過去何百年来歌舞伎や講談やの因襲的教条によって確保されて来た立ち回りというものに対する一般観客の内部に自然に進行するところのリズムがまさしくスクリーンの上に躍動するために、それによって観客の心の波は共鳴しつつ高鳴りし、そうして彼らの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ ベナレスの聖地で難行苦行を生涯の唯一の仕事としている信徒を、映画館から映画館、歌舞伎から百貨店と、享楽のみをあさり歩く現代文明国の士女と対照してみるのもおもしろいことである。人生とは何かなどという問題は、世界をすっかり見た上でなければ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・よく見ると、歌舞伎俳優で有名なIR氏である。鏡の中のI氏は、実物の筆者のほうを時々じろりじろりとながめていた。舞台で見る若さとちがって、やはりもうかなり老人という感じがする。自分のほうでもひそかにこの人の有名な耳と鼻の大きさや角度を目測して・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・に小紋の小袖の裾を端折り、紺地羽二重の股引、白足袋に雪駄をはき、襟の合せ目をゆるやかに、ふくらました懐から大きな紙入の端を見せた着物の着こなし、現代にはもう何処へ行っても容易には見られない風采である。歌舞伎芝居の楽屋などにも、こういう着物の・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・立廻の間に帯が解け襦袢一枚になった女を押えつけてナイフで乳をえぐったり、咽喉を絞めたりするところは最も必要な見世場とされているらしい。歌舞伎劇にも女の殺される処は珍しくないがその洗練された芸風と伴奏の音楽とが、巧みに実感を起させないようにし・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・又茶酒抔多く飲べからず。歌舞伎小唄浄瑠璃抔の淫たることを見聴べからず。宮寺抔都て人の多く集る所へ四十歳より内は余り行べからず。 婦人が内を治めて家事に心を用い、織縫績緝怠る可らずとは至極の教訓にして、如何にも婦人に至当の務なり。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫