・・・を整理し、さいころが出て来たので、二、三度、いや、正確に三度、机のうえでころがしてみて、それから、片方に白いふさふさの羽毛を附したる竹製の耳掻きを見つけて、耳穴を掃除し、二十種にあまるジャズ・ソングの歌詞をしるせる豆手帳のペエジをめくり、小・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・その歌詞の中には、先生の名も他の多くの先生がたと一度に槍玉にあげられていた。そうして「いざあばれ、あばあれ」というのがこの愉快な歌のリフレインになっていたのである。 第二学年の学年試験の終わったあとで、その時代にはほとんど常習となってい・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・充分には聞きとり兼ねる歌詞はどうであっても、歌う人の巧拙はどうであってもそんな事にかまわず私の胸の中には美しい「子供の世界」の幻像が描かれた。聞いているうちになんという事なしに、ひとりで涙が出て来た。長い間自分の目の奥に固く凍りついていたも・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・日本の民衆音楽中でも、歌詞を主としない、純粋な器楽に近いものとしての三曲のごときも、その表現せんとするものがしばしば自然界の音であり、また楽器の妙音を形容するために自然の物音がしばしば比較に用いられる。日本人は音を通じても自然と同化すること・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・この雪に。 わたくしはこの忘れられた前の世の小唄を、雪のふる日には、必ず思出して低唱したいような心持になるのである。この歌詞には一語の無駄もない。その場の切迫した光景と、その時の綿々とした情緒とが、洗練された言語の巧妙なる用法によっ・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・今思えば、その声も歌詞もキャバレーで唄われたようなものであったろう。更に思えば、当時父の持って来たレコードもどちらかと云えばごく通俗のものであったと考えられる。オペラのものやシムフォニーのまとまったものはなかったように思われる。 程なく・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・ きらきら瓦斯燈の煌く下に 小さい娘が 哀れな声で 私の奇麗な花を買って頂戴な と 呼びながら立っている。 歌詞の細かなところは忘れた。けれども、絶間ない通交人は、誰一人この小さい花売娘に見向きもしないで通りすぎ・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・の歌が素朴な明るいメロディーをもって、人に知られない着実な生活をいとなんでいる主婦の一人である坂井照子さんによって作曲されたことも忘れられません。あの「町から村から工場から」の歌詞は国鉄詩人の作品です。 新日本文学に属する民主的立場の作・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
・・・ かつて『女人芸術』が、全女性行進曲というものの歌詞を募集したとき、伊豆の大島の小学校の教師をしていた一人の若い女性が、当選した。それが松田解子であった。秋田の鉱山に生い立った彼女は、プロレタリア文学運動の時代、婦人作家として一定の成長・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
出典:青空文庫