・・・ 読者の内にもし専門の学者があらばその人はこの私の素人考えを正してくれるかもしれない。もしまた素人で同じ経験を持っている人があらば、その人は同じ問題の追求に加勢してくれるかもしれない。このような考えから、私はこの懺悔とも論文ともつかない・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・もし木戸松菊がいたらば――明治の初年木戸は陛下の御前、三条、岩倉以下卿相列座の中で、面を正して陛下に向い、今後の日本は従来の日本と同じからず、すでに外国には君王を廃して共和政治を布きたる国も候、よくよく御注意遊ばさるべくと凜然として言上し、・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・談判、さて文壇からは引続き歓楽に哀傷に、放蕩に追憶と、身に引受けた看板の瑕に等しき悪名が、今はもっけの幸に、高等遊民不良少年をお顧客の文芸雑誌で飯を喰う売文の奴とまで成り下ってしまったが、さすがに筋目正しい血筋の昔を忘れぬためか、あるいはま・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・これらの時代もこれらの人々もことごとく正しいのであります。また四種のいずれでも構わないと云う人があれば、その人の趣味はもっとも広い人でまたもっとも正しい人と判断してもよかろうと思います。この四種のいずれがいかなる時勢に流行し、いずれがいかな・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 本編の趣旨は、初段の冒頭にもいえる如く、日本男児の品行を正し、その高きに過ぐる頭を取って押さえ、男女両性の地位に平均を得せしめんとするの目的を以て論緒を開き、人間道徳の根本は夫婦の間にあり、世間の道徳論者が自愛博愛などとてその得失を論・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・これは正しい態度でした。 ところが、一年経ったらエログロ出版者たちは、おかしな風に右ねじりをはじめてきた。最近の「軍艦大和」の問題は、文学作品の形をとっていたから、文学者たちの注目を集め、批判をうけましたが、ひきつづきいくつかの形で二・・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・そういう潔白な美しい行為は人間と科学との結ばれようの正しさを、おのずから示している。彼女を生んだポーランドの生活、彼女を活動させたフランスの社会の習俗、それらのことは彼女の卓抜な性格、資質と切るに切れない関係をもって、偉大な仕事を成就させて・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・それだのに、なお、わたしたちには、しつこく、正しさを愛し、人間らしさを求めずにいられない心がのこされている。それは、なぜなのだろう。すこしはげしい表現をもっていえば、穢辱そのものに苦しむよりも、穢辱に苦しむ人間性のゆえに苦しんでいるのである・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・その銅版職人の聰明さや、少女の才能を発見した洞察の正しさが、そこに語られているばかりでない。親方シュミットの家庭の日常の空気が、職人たちをもちゃんとした独立市民として、礼儀と尊敬とをもって待遇する習慣であったことを物語っている。親方とその子・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・居間と客間との間の建具をはずさせ、嫡子権兵衛、二男弥五兵衛、つぎにまだ前髪のある五男七之丞の三人をそばにおらせて、主人は威儀を正して待ち受けている。権兵衛は幼名権十郎といって、島原征伐に立派な働きをして、新知二百石をもらっている。父に劣らぬ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫