・・・…… 僕はこういう彼の話をかなり正確に写したつもりである。もしまただれか僕の筆記に飽き足りない人があるとすれば、東京市外××村のS精神病院を尋ねてみるがよい。年よりも若い第二十三号はまず丁寧に頭を下げ、蒲団のない椅子を指さすであろう。そ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・君はどう云う史料に従って、研究されるか、知らないが、あの戦争については随分誤伝が沢山あって、しかもその誤伝がまた立派に正確な史料で通っています。だから余程史料の取捨を慎まないと、思いもよらない誤謬を犯すような事になる。君も第一に先、そこへ気・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・もっともニッケルの時計の蓋は正確に顔を映すはずはない。小さい円の中の彼の顔は全体に頗る朦朧とした上、鼻ばかり非常にひろがっている。幸いにそれでも彼の心は次第に落着きを取り戻しはじめた。同時にまた次第に粟野さんの好意を無にした気の毒さを感じは・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ただし正確にいうと、私の徴集した小作料のうち過剰の分をも諸君に返済せねば無償ということができぬのですが、それはこの際勘弁していただくことにしたいと思います。 なおこの土地に住んでいる人の中にも、永く住んでいる人、きわめて短い人、勤勉であ・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・所謂古い言葉と今の口語と比べてみても解る。正確に違って来たのは、「なり」「なりけり」と「だ」「である」だけだ。それもまだまだ文章の上では併用されている。音文字が採用されて、それで現すに不便な言葉がみんな淘汰される時が来なくちゃ歌は死なない。・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・そうしてその論争によって、純粋自然主義がその最初から限定されている劃一線の態度を正確に決定し、その理論上の最後を告げて、ここにこの結合はまったく内部において断絶してしまっているのである。 四 かくて今や我々には、自己・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・と解した方がその人の言わんとするところの内容を比較的正確にかつ容易に享入れ得る場合が少くない。 人は、自分が従来服従し来ったところのものに対して或る反抗を起さねばならぬような境地(と私は言いたい。理窟は凡に立到り、そしてその反抗を起した・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・もし初めからアレだけ巻数を重ねる予定があったなら、一輯五冊と正確に定めて十輯十一輯と輯の順番を追って行くはずで、九輯の上だの下だの、更に下の上だの下の下だのと小面倒な細工をしないでも宜かったろうと思う。全部を二分して最初の半分が一輯より八輯・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・いや、もっと正確を期するなら、一切合財おれが下図を描いたものとすべきだった。 そんな手落ちはあったが、その代りそれに続く一節は、筆者の脚色力はさきの事実の見落しを補って余りあるほど逞しく、筆勢もにわかに鋭い。 ――口に蜜ある者は腹に・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 律義な女事務員のように時間は正確であった。 まるで出勤のようであった。しかし、べつに何をするというわけでもない。ただ十時になると、風のようにやって来て、お茶を飲みながら、ちょぼんと坐っているだけだ。そして半時間たつと再び風のように・・・ 織田作之助 「夜光虫」
出典:青空文庫