・・・柔毛の密生している、節を持った、その部分は、まるでエンジンのある部分のような正確さで動いていた。――その時の恰好が思い出せた。腹から尻尾へかけてのブリッとした膨らみ。隅ずみまで力ではち切ったような伸び縮み。――そしてふと蝉一匹の生物が無上に・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・その正確な敏捷さは見ていておもしろかった。「お前達は並んでアラビア兵のようだ」「そや、バグダッドの祭のようだ」「腹が第一滅っていたんだな」 ずらっと並んだ洋酒の壜を見ながら自分は少し麦酒の酔いを覚えていた。 ・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・然し悪く疲れているときなどは、それが正確な音程で聞えない。――それはいいのです。困るのはそれがもう此方の勝手では止まらなくなっていることです。そればかりではありません。それは何時の間にか私の堪らなくなる種類のものをやります。先程の婦人がそれ・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・それは、農林省の『本邦農業要覧』にあらわれた数字よりも、もっと正確に日本農民の生活を描きだしていた。けれども、それだけに止っていた。」とナップ三月号で池田寿夫はいっている。確に、それはその通り、それだけに止っていたのである。農林省の「本邦農・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・逆襲される心配がないことは兵士の射撃を正確にした。 こっちに散らばっている兵士の銃口から硝煙がパッと上る。すると、包囲線をめがけて走せて来る汚れた短衣や、縁なし帽がバタバタ人形をころばすようにそこに倒れた。「無茶なことに俺等を使いや・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・が過去に於て、一千版以上を重ねたと云われる程、多く読まれたとするならばそれは、現実が正確に反映していたからではなく、むしろ反対に、一色に塗りつぶされた勇敢と献身と熱烈な武者振りが、支配階級が必要とした愛国主義と軍国主義の鼓吹に大いに役立った・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・これは、もう、絶対に正確の定理のようでございます。老博士も、やはり世に容れられず、奇人よ、変人よ、と近所のひとたちに言われて、ときどきは、流石に侘びしく、今夜もひとり、ステッキ持って新宿へ散歩に出ました。夏のころの、これは、お話でございます・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・それから、どうなったか、私には、正確な記憶が無い。 井伏さんも酔わず、私も酔わず、浅く呑んで、どうやら大過なく、引き上げたことだけはたしかである。 井伏さんと早稲田界隈。私には、怪談みたいに思われる。 井伏さんも、その日、よっぽ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 案内記が詳密で正確であればあるほど、これに対する信頼の念が厚ければ厚いほど、われわれは安心して岐路に迷う事なしに最少限の時間と労力を費やして安全に目的地に到着することができる。これに増すありがたい事はない。しかしそれと同時についその案・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・鳥瞰図式の粗雑なものはあったが、図がはなはだしく歪められているので正確な距離や方角の見当がつかないし、またどのくらい信用出来るかも不明である。鉄道省で出来た英文のモーターロードマップがあって、これは便利であるが、あまりに簡単でその道路と他の・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
出典:青空文庫