・・・……。精神統一を練習し給え。練習が少し積んで来ると、それはいろ/\な利益があるがね、先ず僕達の職掌から云うと、非常に看破力が出て来る。……此奴は口では斯んなことを云ってるが腹の中は斯うだな、ということが、この精神統一の状態で観ると、直ぐ看破・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・元来古今を貫ぬく真理を知らないから困るのサ、僕が大真理を唱えて万世の煩悩を洗ッてやろうというのも此奴らのためサ。マア聞き玉え真理を話すから。迂濶に聞ていてはいけないよ、真理を発揮してやるから。僕は実に天地の機微を観破したのサ。中々安くない論・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・「旦那すんませんがあけて下さい。此奴、柄にもなく泡盛なんか喰いやがって……」「フッ! 臭せェ!」 誰かの上に吐いたのだ。 自分は今野の体が心配で半分そっちへ注意を引かれた心持で朝十分間体操をやる。病気になってはならない。・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ よくも此奴! 退け! 退きゃがれったら!」 幸雄が藻掻けば藻掻くほど、腕を捉えている手に力が入ると見え、彼は顔を顰め全身の力で振りもぎろうとしつつ手塚と医員とを蹴り始めた。朝日を捨てて、詰襟の男が近よった。「おい、若いの、頼む、押・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・「放してくれ、此奴逝わさにゃ、腹の虫が納るかい。」「泣きやがるな!」「何にッ!」 秋三は人々を振り切った。そして、勘次の胸をめがけて突きかかると、二人はまた一つの塊りになって畳の上へぶっ倒れた。酒が流れた。唐の芋が転がった。・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫