・・・ 私は、民謡、伝説の訴うる力の強きを感ずる。意識的に作られたるにあらずして、自然の流露だからだ。たゞちに生活の喜びであり、また、反抗、諷刺である。いかなる有名の詩人が、これ以上の表現をなし得たであろうか? いかなる天才が、これに優れる素・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・悪の情だけで追憶するようになるだろうと思うと、彼のためにも私のためにもこんなつまらない事はない、一つだけでいい、何か楽しくなつかしい思い出になる言動を示してくれ、どうか、わかれ際に、かなしい声で津軽の民謡か何か歌って私を涙ぐませてくれという・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ヒロインが病院の病室を一つ一つ見回って愛人を捜す場面で、階下から聞こえて来る土人女の廃頽的な民謡も、この場の陰惨でしかもどこかつやけのある雰囲気を濃厚にする。それから次の酒場で始終響いているピアノの東洋的なノクターンふうの曲が、巧妙にヒロイ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・映画はそれほどおもしろいとは思わなかったが、その中でトロイカの御者の歌う民謡と、営舎の中の群集の男声合唱とを実に美しいと思った。もっと聞きたいと思うところで容赦なく歌は終わってしまう。 「ハイデルベルヒの学生歌」でも窓下の学生のセレネー・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
十余年前に小泉八雲の小品集「心」を読んだことがある。その中で今日までいちばん深い印象の残っているのはこの書の付録として巻末に加えられた「三つの民謡」のうちの「小栗判官のバラード」であった。日本人の中の特殊な一群の民族によっ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・当時、アメリカの民謡の曲を取った「ヒラ/\と連隊旗」という唱歌があったが、それを、もう一ぺんもじってこしらえたパロディーの戯歌がはやっていた。その歌詞の中には、先生の名も他の多くの先生がたと一度に槍玉にあげられていた。そうして「いざあばれ、・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
古い昔から日本民族に固有な、五と七との音数律による詩形の一系統がある。これが記紀の時代に現われて以来今日に至るまで短歌俳句はもちろん各種の歌謡民謡にまでも瀰漫している。この大きな体系の中に古今を通じて画然と一つの大きな線を・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・この意味でまた日本各地の民謡などもこのいわゆるオルフィズムの圏内に入り込むものであるかもしれない。 詩形が短い、言葉数の少ない結果としてその中に含まれた言葉の感覚の強度が強められる。同時にその言葉の内容が特殊な分化と限定を受ける。その分・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・国民の大多数はやはり純良種の日本人であって米の飯とたくあんを食い、われら固有の民謡をうたい、われらの踊りを踊っている。そうして連句に現われているそのままの日本人の生活をまさしく生活しつつあるのである。従ってこれらの大多数の純日本人は当然に俳・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・(死は主人の煩悶を省みず、古民謡の旋律を弾じ出す。娘一人、徐に歩み入る、派手なる模様あるあっさりとしたる上着を着、紐を十字に結びたる靴を穿き、帽子を着ず、頸の周囲にヴェエルを纏娘。あの時の事を思えば、まあ、どんなに嬉しかった・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
出典:青空文庫