・・・……ええ、高島田で、紫色の衣ものを着た、美しい、気高い……十八九の。……ああ、悪戯をするよ。」 と言った。小母さんは、そのおばけを、魔を、鬼を、――ああ、悪戯をするよ、と独言して、その時はじめて真顔になった。 私は今でも現ながら・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ その小児に振向けた、真白な気高い顔が、雪のように、颯と消える、とキリキリキリ――と台所を六角に井桁で仕切った、内井戸の轆轤が鳴った。が、すぐに、かたりと小皿が響いた。 流の処に、浅葱の手絡が、時ならず、雲から射す、濃い月影のように・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 時に、先客が一人ありまして炉の右に居ました。気高いばかり品のいい年とった尼さんです。失礼ながら、この先客は邪魔でした。それがために、いとど拙い口の、千の一つも、何にも、ものが言われなかったのであります。「貴女は煙草をあがりますか。・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・……それを斜にさし覗いた、半身の気高い婦人がある。白衣に緋を重ねた姿だと思えば、通夜の籠堂に居合せた女性であろう。小紋の小袖に丸帯と思えば、寺には、よき人の嫁ぐならいがある。――あとで思うとそれも朧である。あの、幻の道具屋の、綺麗な婦のよう・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・その神様を、雪が積って、あの駒ヶ岳へあらわれる、清い気高い、白い駒、空におがんでいなければならないんだのに。女にうまれた一生の思出に、空耳でも、僻耳でも、奥さん、と言われたさに、いい気になって返事をして、確に罰が当ったんです……ですが、この・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・したのに、ほかにも少年がきているのを知って意外に驚きましたが、いったいあの少年は自分の知っているものだかだれだかと思って近づいてみますと、かつて見覚えのない、色の白い、目つきのやさしそうな、なんとなく気高いところのある少年でありました。その・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
・・・という女は今年十九、歳には少し老けて見ゆる方なるがすらりとした姿の、気高い顔つき、髪は束髪に結んで身には洗曝の浴衣を着けて居る。「ちょっと平岡さんに頼まれて来た用があるのよ、此処でも話せますよ、もう遅いもの、上ると長座なるから。……」と・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・「純潔な」「臆病な」「気高い」「罪深い」等の倫理的価値もそのものとして先験的に存在するのである。財から抽象されたものでなく、実質的存在を持っている。 次にある価値を実現せしめることが、それ自らには善でも悪でもないというカントの考えは、価・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そしてその首をしっぽのそばにおいて、三べんお祈りをしますと、今まで馬の死骸だと思ったのが、ふいに気高い若い王子になりました。それは王女のお兄さまでした。王子は今まで魔法にかかって、永い間馬になっていたのでした。 二人は大よろこびをして、・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・私に窮屈な思いをさせないというのは、つまり、私にみじんも色気を感じさせないという事なのだから、きっとその女のひとの精神が気高いのだろう、話をしてこだわりを感じさせる女には、まさか、好くの好かれるのというはっきりした気持などはないでしょうが、・・・ 太宰治 「嘘」
出典:青空文庫