・・・そういう時は空と水が一緒にはならないけれども、空の明るさが海へ溶込むようになって、反射する気味が一つもないようになって来るから、水際が蒼茫と薄暗くて、ただ水際だということが分る位の話、それでも水の上は明るいものです。客はなんにも所在がないか・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・で、自分は其処の水際に蹲って釣ったり、其処の堤上に寝転がって、たまたま得た何かを雑記帳に一行二行記しつけたりして毎日楽んだ。特にその幾日というものは其処で好い漁をしたので、家を出る時には既に西袋の景を思浮べ、路を行く時にも早く雲影水光のわが・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ 崎川橋という新しいセメント造りの橋をわたった時、わたくしは向うに見える同じような橋を背景にして、炭のように黒くなった枯樹が二本、少しばかり蘆のはえた水際から天を突くばかり聲え立っているのを見た。震災に焼かれた銀杏か松の古木であろう。わ・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・三囲稲荷の鳥居が遠くからも望まれる土手の上から斜に水際に下ると竹屋の渡しと呼ばれた渡場の桟橋が浮いていて、浅草の方へ行く人を今戸の河岸へ渡していた。渡場はここばかりでなく、枕橋の二ツ並んでいるあたりからも、花川戸の岸へ渡る船があったが、震災・・・ 永井荷風 「水のながれ」
・・・(石英安山岩か流紋岩 私はつぶやくようにまた考えるようにしながら水際に立ちました。(こいつは過冷却の水だ。氷相当官私はも一度こころの中でつぶやきました。 全く私のてのひらは水の中で青じろく燐光を出していました。 あたりが・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ その河原の水際に沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜のあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。 河原・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・の魅力あるゆえんは、作品が今日のインテリゲンチアとして共通な、社会的要因の下に立っていることと、たとえ独断であろうと作者の知的主張が水際だって強いことにあるとともに、読者の胸に現実の問題としてのこされる漠然たる疑問――ここにいわれているよう・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・柳の葉かげ、水際まで石段のついた支那風石橋がかかっている。橋上に立つと、薄い夕靄に柔められた光線の中に、両岸の緑と、次から次へ遠望される石橋の異国的な景色は、なかなか美しかった。 崇福寺は、黄檗宗の由緒ある寺だが、荒廃し、入口の処、白い・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・土手下から水際まで、狭い一本道の附いている処へ、かわるがわる舟を寄せて、先ず履物を陸へ揚げた。どの舟もどの舟も、載せられるだけ大勢の人を載せて来たので、お酌の小さい雪蹈なぞは見附かっても、客の多数の穿いて来た、世間並の駒下駄は、鑑定が容易に・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・燈火は下等の蜜蝋で作られた一里一寸の松明の小さいのだからあたりどころか、燈火を中心として半径が二尺ほどへだたッたところには一切闇が行きわたッているが、しかし容貌は水際だッているだけに十分若い人と見える。年ごろはたしかに知れないが眼鼻や口の権・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫