・・・入ると足が汚れるから、こっちを歩くのだよ。」と、父親はいいました。 子供は、そんなことは耳にはいらないように、笑って足先で、水の面を踏もうとしていました。「足が汚れるよ。」と、父親は無理に、やわらかな白い子供の腕を引っ張りました。す・・・ 小川未明 「幾年もたった後」
・・・二人はいつの間にか腹立て怒って大切なズボンやワイシャツが汗と土で汚れるのも忘れて、無暗に豚をぶん殴りだした。 豚は呻き騒ぎながら、彼等が追いかえそうと努めているのとは反対に、小屋から遠い野良の方へ猛獣の行軍のようになだれよった。 と・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・手垢で汚れるがな。」と云った。「いゝえ、いろうたって大事ござんせんぞな。」と内儀は愛相を云った。 緒は幾十条も揃えて同じ長さに切ってあった。その中に一条だけ他のよりは一尺ばかり短いのがあった。スンを取って切って行って、最後に足りなく・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・然し、奥さん出張すると、靴は痛む洋服は切れる、Yシャツは汚れる……随分煩さいのです。殊に小人数ですから家族的気分でいいとかいいながら、それだけ競争もはげしく、ぼくなど御意見を伺わされに四六時中、ですから――それに商売の性質から客の接待、休日・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・女達は衣の裾が汚れるのも忘れて立って居る。「ここに居てなまじ悲しい思いをするよりは」などと袖で顔を覆うて挨拶もしないでかけ込んでしまう人達もあった。旅をしなれない女達は彼の世にでも行くように思って歌をやったりとったり笑ったり泣いたり・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫