・・・という決意が鉄丸のように彼の胸の底に沈むのを覚えた。不思議な感激――それは血のつながりからのみ来ると思わしい熱い、しかし同時に淋しい感激が彼の眼に涙をしぼり出そうとした。 厠に立った父の老いた後姿を見送りながら彼も立ち上がった。縁側に出・・・ 有島武郎 「親子」
・・・(決意を示し、衣紋私がお前と、その溝川へ流れ込んで、十年も百年も、お前のその朝晩の望みを叶えて上げましょう。人形使 ややや。夫人 先生、――私は家出をいたしました。余所の家内でございます。連戻されるほどでしたら、どこの隅にも入れまし・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・子供は、自分の好きな学科を修得し、それによって伸びる決意を有しています。しかるに、その子供に人生の希望と高貴な感激を与えて、真に愛育することを忘れて、つまらぬ虚栄心のために、むずかしいと評判されるような学校へ入れようとしたり、子供の力量や、・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・私の心には新しい決意が生まれて来る。秘やかな情熱が静かに私を満たして来る。 この闇の風景は単純な力強い構成を持っている。左手には溪の向こうを夜空を劃って爬虫の背のような尾根が蜿蜒と匍っている。黒ぐろとした杉林がパノラマのように廻って私の・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・この愛らしの娘は未来のわが妻であると心にきめその責任を負う決意がなければならぬ。互いの運命に責任を持ち合わない性関係は情事と呼ぶべきで、恋愛の名に価しない。 恋愛は相互に孤立しては不具である男・女性が、その人間型を完うせんために融合する・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ということがそのことへの愛と練達との基礎だからである。「この一技につながる」という決意は人間的にも肝要なものである。またそれとともに、職能というものは真摯にラディカルに従事して行けば、必ず人生哲学的な根本問題に接触してくるものである。医者は・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・――然し皆の胸の中には固い、固い決意が結ばれて行った。 * メリヤス工場では又々首切りがあるらしかった。何処を見ても、仕事がなくて、食えない人がウヨウヨしていた。お君はストライキの準備を進めながら、暇を見ては仕事を探・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・博士は、花屋へ、たいへんな決意を以て突入して、それから、まごつき、まごつき、大汗かいて、それでも、薔薇の大輪、三本買いました。ずいぶん高いのには、おどろきました。逃げるようにして花屋から躍り出て、それから、円タク拾って、お宅へ、まっしぐら。・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・娘は、男のその決意を聞き、「うれしい。」と呟いて、うつむいた。うれしそうであった。「僕の意志の強さを信じて呉れるね?」男の声も真剣であった。娘はだまって、こっくり首肯いた。信じた様子であった。 男の意志は強くなかった。その翌々日、すでに・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・先生も山椒魚の毒気にあてられて、とうとう駄目になってしまったのではなかろうかと私は疑い、これからはもうこんなつまらぬ座談筆記は、断然おことわりしようと、心中かたく決意したのである。その日は私もあまりの事に呆れて、先生のお顔が薄気味わるくさえ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫