・・・ 手を払って、「ははあ、岡沙魚が鳴くんだ」 と独りで笑った。 中 虎沙魚、衣沙魚、ダボ沙魚も名にあるが、岡沙魚と言うのがあろうか、あっても鳴くかどうか、覚束ない。 けれどもその時、ただ何となくそう・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・身を投げて程も無いか、花がけにした鹿の子の切も、沙魚の口へ啣え去られないで、解けて頸から頬の処へ、血が流れたようにベッとりとついている。 親仁は流に攫われまいと、両手で、その死体の半はいまだ水に漂っているのをしっかり押えながら、わなわな・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ かかる群集の動揺む下に、冷然たる線路は、日脚に薄暗く沈んで、いまに鯊が釣れるから待て、と大都市の泥海に、入江のごとく彎曲しつつ、伸々と静まり返って、その癖底光のする歯の土手を見せて、冷笑う。 赤帽の言葉を善意に解するにつけても、い・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・……宵に鯊を釣落した苦き経験のある男が、今度は鱸を水際で遁した。あたかもその影を追うごとく、障子を開けて硝子戸越に湖を覗いた。 連り亘る山々の薄墨の影の消えそうなのが、霧の中に縁を繞らす、湖は、一面の大なる銀盤である。その白銀を磨いた布・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
出典:青空文庫