・・・人々は集り、三郎の泣き泣き指す箇処を見て事のなりゆきをさとった。よく知らせてくれた。お前の朋輩が落ちたのか。泣くでない、すぐ助けてやる。よく知らせてくれた。ひとりの合点の早い男がそう言って三郎の肩を軽くたたいた。そのうちに人々の中の泳ぎに自・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・自分は、泣き泣き机の下から出た。どうしてもその小さい赤い屍を背負った人の傍を通らなければならないので、両手で眼を押え「どうぞ見せないで下さい。見ることは許して下さい」と云い乍ら、すり抜けようとする。不思議なことに、いくら眼を瞑っても、手・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・ ひろ子は泣き泣き云った。「ひろ子の支持は、そういう絶対の支持だということがわかる?」 永い間沈黙していた後、重吉は、はじめて顔を向けて、正面からひろ子を見た。ああ、やっと重吉にとってひろ子は再び見るに耐えるものになった。ひろ子・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ その心持から、自分は泣き泣き、彼女の求める唯一のもの――悪うございました、と云う詑言を唇に上せなかった。 やがて父上が帰宅され、下でAと話し、二階に来られ、何とも痛ましい顔をして「ああ困ったことだ。家庭の平和をすっかり攪乱する・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫