・・・ 閣下、こう云う事情の下にある私にとっては、閣下の御保護に依頼するのが、最後の、そうしてまた唯一の活路でございます。どうか私の申上げた事を御信じ下さい。そうして、残酷な世間の迫害に苦しんでいる、私たち夫妻に御同情下さい。私の同僚の一人は・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・いけないものは決して他にあるまい、僕はこれを憎むべきものと言ったが実は寧ろ憐れむべきものである、ところが男子はそうでない、往々にして生命そのものに倦むことがある、かかる場合に恋に出遇う時は初めて一方の活路を得る。そこで全き心を捧げて恋の火中・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・と云われると、それが厳しい叱咤であろうと何であろうと、活路を死中に示され、暗夜に灯火を得たが如く、急に涙の顔を挙げて、「ハイ」と答えたが、事態の現在を眼にすると、復今更にハラハラと泣いて、「まことに相済みませぬ疎忽を致しました。・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・どうにかして自身に活路を与えたかった。暗黒王。平気になれ。 まっすぐに帰宅した。お金は、半分以上も、残っていた。要するに、いい旅行であった。皮肉でない。笠井さんは、いい作品を書くかも知れぬ。・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・画家が比較的近年になって、むしろこうした絵画に絵画本来の使命があるということを発見するようになったのは、従来の客観的分析的絵画が科学的複製技術の進歩に脅かされて窮地に立った際、偶然日本の浮世絵などから活路を暗示されたためだという説もあるよう・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・疑って活路を求めるには想像の翼を鼓するの外はないのであろう。 現在の科学の基礎方則を疑うのは危険であっても、社会主義が国家主義に危険であったり青年の思潮が老人に危険であるのとは趣を異にする。この説明は歴史がしてくれるのである。プトレミー・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・なかったとすると各自の個性はその最も安易な出入り口にのみ目を向けるであろうが、定座の掟によってそれらのわがままの戸口をふさがれてしまうので、そこでどうにかそこから抜け出しうべく許されたただ一筋の困難な活路をたどるほかはないことになる。しかし・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・とようやく一方に活路を開く。随分苦しい開き方だと一人で肚の中で考える。「それでは、私に御用じゃないの」と御母さんは少々不審な顔つきである。「ええ」「もう用を済ましていらしったの、随分早いのね」と露子は大に感嘆する。「いえ、ま・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・とようやく一方の活路を開くや否や「いえ、あの辺の道路は実に閑静なものですよ」とすぐ通せん坊をされる、進退これきわまるとは啻に自転車の上のみにてはあらざりけり、と独りで感心をしている、感心したばかりでは埒があかないから、この際唯一の手段として・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・どちらへ向いて見ても活路を見出すことが出来ません。わたくしはとうとう夢に向って走りました。ちょうど生埋めにせられた人が光明を求め空気を求めると同じ事でございます。 わたくしは突然今の夫を棄てて、パリイへ出て、昔あなたのおいでになる日の午・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫